昨年、豪雨により中止になってしまったため2年ぶりの開催となったツールドおきなわ2025。まずは昨年苦渋の決断をしなければならなかったが再び開催に向けて準備していただいた大会関係者の方々に感謝したい。
レースレポートの前に今大会へ向けた1年について振り返ってみたい。
昨年のツールドおきなわ2024へは、これまでにない仕上がりで大会に挑むことが出来たため非常に残念で無念の思いだった。仕上げた身体と精神のやりどころに困り、12月のサイパンのレース、「ヘルオブマリアナ」に出場し優勝することができた。
例年オフシーズンで心身ともにスイッチが切れ堕落してしまうことが多いが、今年はサイパンまでそれなりに節制を続けたことでいい流れでオフシーズンへ入ることができ、そこまで暴食せずにトレーニングを継続して比較的よいオフシーズンを遅れるかのように見えた。
しかし年末あたりに体調を崩したり、息子とやろうと思ってSwitchにダウンロードした「ドラクエⅪ」にハマって完全にゲーム廃人となったことを契機に一気にコンディションを崩し、もはや秋の精強な心身は失われて見る影もなくなった。まあ毎年の事であるが。
妻は、この私が毎年極限まで鍛えられた心身を造作もなく一旦完全に崩壊させ、また再度0から作り直すのを繰り返している様を陶芸家とか芸術家のようだと評したが、あながち間違ってはいない気がする。
自分自身、一度完全にそれまでのものを破壊して「ただの少し運動が好きなそこら辺にいる中肉中背のおっさん」となった状態となり、自分の弱さに危機感を感じるようにならないとまたスイッチが入らないようなところがあると感じている。
というわけで今シーズンもまた結局、0からのスタートとなったわけだが、今年はシーズン前半にトライアスロンのレースに出場するのはやめて、久々にニセコクラシックに出ようかと考えていたため冬の間も外へ乗りに行ったりしていた。雪が降る中凍えながら走ったりして今年はいい流れだなと感じていた。
一方で走ってはいたものの練習するとすぐに体調を崩したりもあり一向にコンディションは上向いて来ず、またレースに向けて高強度のトレーニングを入れたり、「戦おう」とする気持ちが全く湧いて来なかった。
私もいつの間か40才を過ぎ、今年は特に大厄の厄年であるらしい。この年になって分かったことだが、身体の衰えよりも寧ろ、昔に比べるとレースに勝とうとか、誰々を倒そうという若い頃にはあった燃えたぎる様な情熱がなくなってきているのは確かだと感じていた。
ほとんどのプロスポーツ選手も、どんな名選手でもたいていは40歳前後を境に引退していくことが多いが、身体の衰えもあるだろうが気力の衰えが大きいんだろうなと思う。
20代の頃はほとんど常に毎日運動してないと気が済まなかったし、もっと戦いたいという渇望があったがそういったものが薄れてきているのを感じていた。そして、毎日ローラーを1時間ぐらい気持ちがいいぐらいに乗って運動して、週末はそんなに乗らずに子供ともっと遊んだりどっか行ったりするような生活も悪くないなと感じる様になっていた。10年前には考えられなかったことだ。ああ、こうやってみんな戦いの世界からひっそりと退いていくんだろうな、自分ももうその時なのかもしれないと感じ始めていた。
だから、50近くなってなお、自転車に対する情熱を持ち続け、年中レースに出続けている高岡さんは本当にすごいと思った。ああ、優勝してからもあの人は毎年毎年これをやり続けてるのかと。自分には到底真似できそうにないなと感じた。
そういうわけで全くコンディションもモチベーションも上がらず、到底ニセコで誰かと戦うようなコンディションに持っていけるとは思えなかったのでそのプランは変更し、今年も自分のペースでトレーニングを続けて近場のトライアスロンへ出場することにして水泳やランのトレーニングを再開した。
自転車以外のトレーニングを再開すると、水泳やランはやるたびにすぐ速くなるので楽しくなり、ついついトレーニングをやり過ぎてしまうようになる。
仕事の昼休み中にプールへ向かい猛然と泳いでからそそくさと退散して速攻昼飯を食べて午後の仕事へ向かう。
次第にエスカレートしてきて、早朝の4:00前に起きて2時間ぐらい公園のランかローラーに乗り、昼休みに時間があればプールで泳ぐのを毎日繰り返すようになった。
41歳の大厄となった歳に、20代のまだ寝れば回復していた学生の頃より睡眠時間を削ってあの頃より練習をし、子供を幼稚園へ送って仕事へ行き(学生時代は授業中は基本的に睡眠時間だったが)、本来しっかり休養して回復させるべき昼休みに泳ぎ、夜まで仕事して疲れ果て夜遅くに帰宅した後は寝るだけである。妻も今年から専攻医となり当直業務がある日もあり、早く帰れる日は子供のことなどもしなければならない。
回復力の落ちた41歳のおっさんが、学生の頃より少ない睡眠時間で学生の頃よりたくさん練習し、かつあの頃は十分に時間を割いてできていたストレッチなどの身体のケアも怠っている。これをずっと続けているとどうなるであろうか?
そう、当然のように故障する。
5月の某日、早朝にいつもの練習前のプレエクササイズで腰椎を回旋させるモビリティの運動をしようとしたところ腰に激痛が走った。そして左下肢痛がある。嫌な予感だ。練習はごく軽めにして様子を見ていたが、翌日からも日常生活が困難なほどの下肢痛が出ていて特に朝はどの肢位をとっても痛みが辛いことがある。
これは仕事で自分が患者に毎日説明してるやつやんけ。たぶん椎間板ヘルニアだ。
様子を見ていたが1週間ほどしてもけっこう辛いので腰椎MRIを撮像。幸い、神経根への強い圧迫があるようなヘルニアはなく安心したが、新たに腰椎の変性と炎症を発見。
実は今年も、5月に痛める前からもロングライドに行くと腰痛が出るようになっており、酷いと1時間ぐらいで継続困難なほどの腰痛が出るようになっていた。
特に2020年に骨盤骨折した際に中臀筋も酷くやられたためかロードバイクでの腰痛が出がちになっており、特に2022年のおきなわ前は仕上がりは悪くなかったものの腰痛だけは改善せず、レースでは終盤の勝負どころ(高岡さんが逃げてたので2位争いであるが)でチェーン落ちすると共に一旦ストップしたことで腰痛が強く出てしまった。その後腰痛のため出力を全く上げれず追い上げれなかった大きな敗因となった。
今年も似たような嫌な腰痛が続いていて、これをおきなわまでには何とかしないとヤバいなと感じていたところだった。
MRI撮像したことで、この腰痛が生じる原因が下位腰椎の変性と炎症にある可能性があると判明したことは大きかった。私は「人間万事塞翁が馬」という諺が好きであるが、まさに塞翁が馬だと感じた。このピンチをチャンスと捉えるべきだ。
もう一度プランを白紙に戻し、自分がどうしたいのか見直すこととした。
色々と昔と比べるとあの頃ほどの情熱はないとはいえ、今も常に心の中に燻っているものはまたツールドおきなわで勝ちたいというそれのみである。正直、他のレースはどうでもよい。もう一度、できたら今度は寒いコンディションじゃないいつものツールドおきなわで優勝したい。
6〜7月に考えていたトライアスロンのレースは全てキャンセルし、まずはこの腰痛に対する治療の第一選択である、コアトレーニングを徹底的に行っていくことにした。
睡眠時間をもう少し確保し、昼は積極的に休養をとって回復させることにした。ストレッチも含めフォームローラーのマッサージなど身体のケアをする時間を確保してまずは安定したコアと柔軟性を取り戻し、そして以前より強化することを目標としてトレーニングを継続した。
幸い、2週間ほどで強い腰痛や下肢痛はほぼ消失して自転車の練習はまともにできるようになったが、ロングライドで出現する腰痛はすぐに改善することはなかった。これは地道にトレーニングを続けていくしかないと考えていた。
ポジションや姿勢、腹圧なども色々と模索したが、特に強度を上げると腰痛が発生しやすいことから、おそらくペダルストロークの強い力を体幹部で支え切れず腰椎で代償してしまいその結果疼痛が生じるのだろうと考えた。捻れに対抗する筋力を養成するようなコアトレーニングを選定し、臀部からの出力に対して腰椎が回旋してしまわないように意識してほぼ毎日練習前と、仕事の間など隙あらば無理のない範囲でコアトレーニングを継続した。ポガチャルがトレーニング前にやっているという臀筋周囲のレジスタンスバンドのプレエクササイズも取り入れた。
最初はもちろん目立った効果もなく、まだ腰痛が出現する状態ではあったが、毎日やり始めてから1ヶ月ぐらいすると少しコアの安定を感じるようになり、自転車で腰痛が出現してくる時間が遅くなったような気がした。
コアが強化されてくるとプランクの持続時間が増えて、腰椎回旋へ対抗する筋力を要するようなエクササイズが安定してできるようになってきた。
7〜8月は例年、暑さのためかコンディションが大きく低下するのは分かっていた。20歳ぐらいのボートをやっている時からトライアスロン時代を経て今現在に至るまで、例外なく毎年真夏にコンディションがかなり落ちるので、涼しい避暑地に長期滞在するなどの対策を取らない限りは不可避と思われる。近年、悪いなりにこの時期に暑さに耐えつつ無理のない範囲で練習を続けていくと秋頃に急激にコンディションが上向いてくることを発見した。
これは以前には分かっていなかったことだが、おそらく現代の日本の気候のために自然と適切なヒートトレーニングとなり涼しくなるとパフォーマンスが向上するのではと考えている。
7〜8月ごろからここ3年の継続している通り、弱いなりに暑い中トレーニングを継続した。週1〜2回行っていた東福井での20分走は、秋の仕上がった頃なら鼻歌混じりで走れるような強度で夏場はほぼ限界であったがそれでも地道に継続した。
夏場のトレーニングに加え、コアトレーニングも毎日継続した。8月にSNSで「消防士のコアトレーニング」という体幹トレーニングを発見。最初はあまりできなかったが、特にやはり体幹部の捻れに対しての筋力が弱いことがわかり、このトレーニングのための負荷を軽くしたトレーニングを続けたところ、少しずつスムーズにできるようになっていった。8月下旬頃には驚いたことに、ずっと苦しんできたロングライドでの腰痛がほとんど出なくなっていることに気付いた。腰痛が出ずに自転車で走れることがこんな快適なことだとは。最初は2分程度から再開したシンプルなプランクは、今や途中にダイアゴナルを何度も入れたり、消防士のコアトレーニングを何セットか挟んだりしつつ5分以上こなせるようになった。
9月。本格的にツールドおきなわへ向けたトレーニングを開始する時期である。例年通り、早朝など少し気温が下がるようになってくると維持できる出力が上がってきた。それと同時に、私はこの時期ぐらいからエビデンスのあるサプリメントや食事を集中して投資し始める。SNSの時間も減らし、より質の高い睡眠を確保するように努めた。近場のスーパー銭湯へ行き、身体をほぐしたりサウナでリラックス(ヒートトレーニングも?)するのも開始した。
6月頃からおきなわに向けてのみ集中していくことを決めた時はまだいまいちモチベーションや闘志は戻っておらず、また心身共にいいコンディションに戻せるのか不安があった。もう歳で以前のような強い気持ちは戻ってこないんじゃないかと。
しかし9月中旬頃には、今年もツールドおきなわで勝つのは自分であるという、強い闘志と覚悟が心から湧いてきているのを感じ、モチベーション高く1回1回の練習に望めるようになっていた。
Stravaログの2023〜2024年の同時期のパフォーマンスと比較すると、だいたい同じかそれよりよいペースで上向いてきているのを確認できた。
200kmを大きく超えるようなロングライドを繰り返し距離を乗り込むことに対して、自己満足であり否定的な意見も散見される。
しかし私の場合は、250kmを超えるようなロングライドを繰り返すことで明らかにパフォーマンスが上がってくるという実感がある。逆に距離を乗らないと強度を上げてもあまり上がってこない印象がある。この辺りは個人差があるので一概には言えず、短時間高強度の練習だけで強い人もいるが、私の場合はたくさん乗ってなんぼの選手のようである。海外WTのプロ選手の中でも量にこだわる選手がいることからも、おそらく個人によってトレーニングに対する反応の違いがあるんだと考えている。
9月中旬ぐらいから250kmぐらいのロングライドへの渇望が高まり始め、またそのトレーニングを楽しむようになっていた。とてもいい兆候だ。妻も激務で疲れ果てているのに、週末は一日中外へ遊びに出掛けてロクでもない父親であり夫であるが、勝つためにこの時期だけとお願いして理解してもらっており本当に感謝である。
順調にコンディションは上がりつつあったが、10月中旬に自院でインフルエンザワクチン接種をしてからコンディションが低下。一時的に高強度が全然出せなくなった上に、少し強度が高めの練習してからの回復力が格段に低下していた。自分がワクチン接種に非常に脆弱であることを自覚しながらもインフルワクチンはこれまであまり副作用がなかった印象があり、大一番での罹患のリスクを下げるために接種したのだが、気になって過去の自分のカルテを見てみたらここ数年、全ておきなわ後に接種していた。そして去年は12月にヘルオブマリアナがあったのだが、おきなわ直後はまだ参加することを決めかねており接種していたため、Stravaのログを確認すると接種後2週間ほどばっちりパフォーマンスが低下していた。
本当に後悔してChatGPT先生にも相談したりしたが、やはり免疫活性化により一時的にミトコンドリア機能が低下することがあり、特にアスリートでは出現しやすいとのこと。自分はこの反応が強く出るんだろうと推察した。やってしまったことは仕方ないので先生の指示に従い推奨される食事、サプリメント摂取を行いトレーニングプランを変更したりした。
そしてこれと重なる、この時期の子供達の感染症の嵐である。特に保育園に通院してる次男は立て続けに感染症に罹患。もうこれは仕方がないことである。今年は妻の仕事が忙しくなり私も頻繁に送迎をしていたが、あそこは本当に病原菌の巣窟である。小さい子供を複数抱えている家庭でこの時期に感染症のトラップをノーダメージで潜り抜けることはほとんど不可能に近い。よほど先天的に病原菌に強い体質の勇者でなければ無理であろう。私と同じような家庭環境の競技者はコンディショニングに関して、そうでない競技者に対して圧倒的にハンデを負っていると言っても差し支えないであろう。10月後半の週末は予定していた峠走を含む強度高めのロングライドがほとんどできないか、やっても強度を思ったように上げることができず、そのくせ食欲だけは落ちないので体重も逆に増えてしまいかなり焦りを感じていた。
おきなわに向けた調整レースとして10月末に恒例の長良川のAACAに出場。何と今シーズンこれが初レースであった。高強度への耐性が低下しており、特に序盤のアタックの応酬でレースってこんなキツかったっけ?と感じた側面はあったものの、終盤にキナンの新城選手と学生と抜け出して、その逃げの中でもいい強度で走れたので復調の手応えがあり満足のいく内容であった。しかしやはり翌日には全く走れず、依然回復力の低下を感じていた。
再び何とかコンディションが回復してたかな?というところで、おきなわ1週間前に最終調整レースである鈴鹿エンデューロ(アタック240)を迎える。これは賞金がかかっているので別の意味でも重要であるが、約6時間近くをノンストップで走り続けて補給などの本番のシミュレーションができ、またマトリックスのサポートライダーがいてツール4位のマンセボ大先生の後ろで走って、その背中から学習できるものが大きいので意義の大きいレースである。
鈴鹿サーキットのほぼフルフラットのレースであるため例年苦戦するのであるが、今年はやや
手薄だったのもあり後半に抜け出して独走することができ、いい調整となった。
しかしまだ回復力が落ちたままの状態であるようで、結局この1週間前の最終の連休ではこのレースのダメージから回復せず予定していた練習ができないままほとんどリカバリーで終了。
そしてここで最大の山場が発生する。次男が再度発熱して小児科の検査でインフルA+。そして妻も発熱。自分もタミフルの予防内服を行ったが明らかに安静時心拍数が高くて変である。HRVはずっと低値で移行していた。私の推察では自分もある程度の量のウイルスに暴露されたが、ワクチン接種のお陰で再度免疫系が活性化して戦っている感覚があった。
ワクチン接種直後にはコンディションが低下し非常に後悔したが、結果的には接種したお陰でインフルに罹患するのを防げた可能性が高いため、まさに「万事塞翁が馬」である。
内服とリカバリーのおかげかこの後はだいぶコンディションが回復してきた感があった。機材に関してはいつもお世話になっているチクロイプシロンの山脇さんに最終調整していただいた。やはり山脇さんにみてもらうと本当に安心感がある。
これなら何とか戦えるんじゃないかという気持ちと、試走して全く強度が出せなかったらどうしようという不安を抱きつつ、木曜に決戦の地、沖縄へと向かった。
金曜に例年通りの試走を施行。ややキツイかなとは感じたものの身体はしっかり動いて強度も上げることができた。strava上では学校坂のタイムがここ3年の金曜の試走で全く同じであったため、例年と同等レベルのコンディションはあるのではないかと思われた。あとはリカバリーに専念するだけである。今年も2023年からお世話になっているLifebloodの出張コンディショニングで谷本先生に施術していただき身体を整えてもらい、金曜から土曜にかけて買い込んだ大福や当然持参したフルグラをチャージしてカーボアップを計る。フルグラはエビデンスレベルAの白フルグラ(糖質オフ)だ。例年と同様、うわ、ちょっと食い過ぎたかな、と感じて若干後悔した。レース前推定体重は66kgである。体調不良を押して来てくれた妻と普久川ダムでの補給の打ち合わせを行い、翌日ダムの頂上で家族に会えるのを楽しみにしつつ就寝した。




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