2022年11月20日日曜日

ツール・ド・おきなわ2022 市民210km

どうもご無沙汰しております。

前回4月の富士チャレ以来、しばらく休載しておりましたが生きてます。


3年ぶりに開催された2022ツールドおきなわ市民210kmに参戦し1週間が経過しました。

12位と残念な結果に終わり、しばし抜け殻のようになっておりましたがこの1週間でレースを振り返り、感じたことを久々にレースレポートとして記載します。



まずは前回からの空白の期間、どうしていたかについてから。



4月末の富士チャレを寒さでリタイアした後も不調が続いていたが、ニセコと全日本を見据えて5月末の美山ロードに参戦。

勝負に絡めるようなコンディションではなかったものの序盤にできた勝ち逃げグループには入れたのでこの辺りの勘は鈍ってないなと感じれたのは収穫だったか。

力が足りず脱落し第2集団でゴール、と思いきやラストスプリントでの落車を避けれず巻き込まれた。身体は大したことはなかったかのように思われたが結局肋骨骨折があったりVengeのトップチューブにもクラックらしきものが入って修理が必要となった。





思いの外身体のダメージが大きく、そもそもフィジカル的なコンディションが全く上がってなかったのでシーズン前半の目標であったニセコクラシックや全日本はDNSとしていったん短いオフにすることとした。


1-2週間ほど休んでから徐々に低い強度から練習を再開。

おそらくレースがあまりなかったことと、ワクチン接種後の体調不良が続いたことで強度が出せなくなり、高い強度の練習が不足していたことが不調の一因だと考え、新しい取り組みなどもしてみたのだが一向に復調の気配がない。

8月初旬に家庭内感染があったと思われ(推定)、さらに強度が出せない状態に。

以前のテンポレベルがキツ過ぎて20分程度しか持たない上に、一度そういった練習をこなすと疲れが出てさらに調子を落として低強度でしか練習できないといった状態。

この状態から抜け出せずに、十分に時間があると思われたおきなわも怪しい雰囲気になり、もう10月ぐらいまでこの状態だったら諦めようかなとさえ思っていた。

8月末ごろ、もうこりゃ休まないとあかんなと決心して1週間ほど休養した。

結果的にこれがよかったのか、この後は気候が徐々に涼しくなってくるとともに楽にパワーが出るようになってきて調子が戻ってきた。

9月に出場しようと思っていた秩父宮杯はまだ万全ではなく回避したものの、継続して計画したメニューがこなせるようになり急激な回復の手応えを得始めた。

9月中旬に自分にとって数少ない、そこそこレベルの高いレースであるAACAカップに出場。終盤に数人の逃げに持ち込み、最後はキナンの新城選手にスプリントで負けたものの総合2位で、ある程度走れるという手応えを得た。

トレーニングは軌道に乗り始め、10月初旬には伊豆CSCで行われた5時間エンデューロに出場。これはコロナ禍以前は夏場に行われており過酷なイベントとして一度出場してみたいと考えていたレースだった。

おきなわ前にこの時間の長距離レースを走れるいい機会なので本番を想定した補給体制で家族にも手伝ってもらって挑んだ。余談だが、いいレースである筈なのに開催の周知が全くなされておらず、過疎り過ぎてたのが残念だった。(何せ公式のTwitterアカウントのレース告知のツイートに数件いいねがついてたぐらいだったからな…(^^;))来年は開催するのであればもう少し人を集める努力をしてもいいんじゃないかと感じた。

レースは2周目ぐらいで2人チームの選手との逃げになり、数周したら独走に。終盤までいい出力とペースで走れたが、終盤から腰痛が出始めてペースを落としてしまい、2人チームに抜かれてしまった。まあ冷静に考えればそこそこ足のあるチームにこのコースで単独で勝つのはかなり厳しいのだが(^^;)彼ら以外の選手はほぼLapしており、ソロのカテゴリーでは優勝であった。




レース結果:

https://www.csc.or.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/4ab45cd7cd01232a4623630fd8ac388d.pdf


データ的には5h252w,NP272wと悪くない内容だったが、腰痛が強くなり走れなくなったことはやや不安が残る内容だった。また、後の大きな伏線となるのだが、このレースで2回、チェーン落ちした。

この後も順調に練習を積むことができ、体重もレーシングウェイトへと近づいてきたところで、そろそろライバル達と練習してもいい頃だろうと判断し、マツケンさん主催の沖縄対策練に参加させてもらう。レース出場が少ない私にとって、ここからのこういった練習は本当に大事だと考えてレースのつもりで挑んだ。







この翌週の仙人(田中君)とのオバマ練、兼松さん主催のよもぎ練を経て、自分の感覚とライバル達の状態から考えて十分な手応えを得た。夏場にはどん底であったが、今や今までで最も勝利に近づいていると感じれる程になっていた。

 


しかしこの最後11/3(木祝)のよもぎ練の時は疲労のためか少し調子が落ちているなと感じていた。そしてこの翌日以降、かなり疲れが出てしまい軽めに乗るのもキツイと感じる程にコンディションを落としてしまう。しまった、やり過ぎて疲労を蓄積させてしまったかと軽く走るのみで疲労回復に努めるが

さらにこの週末に子供が発熱。妻と協議して私は家から隔離して過ごすことに。私自身は発熱はないものの怪しげな体調のまま、何とかショートインターバルはそこそこの強度でこなせる状態には回復していることを確認して木曜に沖縄入り。


職場で入手したN95マスクを装用し万全の対策で。

ここでも念のため家族とは別行動、部屋も別とした。ここまで調整してくれた妻には本当に感謝しかない。妻も元々おきなわ50kmに出る予定だったのだが自分はキャンセルして子供達のことを全て引き受けてくれた。



金曜に名護から新コースを逆走して試走へ。走り始めて序盤力が入らず、まだダメかもしれないという感じではあったが、折り返して有銘の登りや新コースで上げてみると、楽にこれまでのPRが出ておりこれなら行けるかと手応えを感じる内容だった。


土曜は雨。沖縄の天気に関しては2週間ぐらい前から毎日チェックしており、その時点ではこの週末は天気もよく土日は28℃ぐらいまで上昇する見込みで久々のあの暑いおきなわになるかという自分にとっては好ましい予想だった。が、予報に反して天気は崩れレース当日も怪しげな雰囲気。

土曜も予報で少し弱まった時に出るかと待機していたものの一向に降り止まず、もっと早朝に走っておくべきだったと後悔することに。

昼過ぎに雨雲レーダー見てしばらく止みそうな時を見計らい出発するも、結局かなり降ってきて雨の中を走ることに。1時間半ぐらいやり過ぎないように走った。タラレバになるもののレース当日状態がイマイチだったのはこれが余計だったかもと反省している。







最近食い過ぎて失敗しがちだったカーボローディングに関しては木曜から食い過ぎず適度な量でコントロールしており上手くいった感はあった。




いつものフルグラも1袋開けてしまうようなことはなく、他のCarbも計算してコントロールして摂取することができた。

他のレース前のコンディショニングの失敗としては、2週間ぐらい熟睡できず睡眠不足が続いており沖縄入りしてからもレース前日まで改善されず夜中に起きたり早朝覚醒してしまった。

家族の体調不良なども重なり神経質になってしまい、ある意味しょうがなかったかもしれない。妻ともレース後のこの1週間で振り返って、神経質になり過ぎてたかもね、とも話していたが、隔離して過ごしたのはあの時点ではベストな対策だったと思うし、あれのお陰で感染を未然に防げた可能性もあったかもしれない。ある意味小さい子供を抱える家族の宿命かもしれない。


ここでレースの核となると考えていたライバル達について記しておこう。

この3年で力をつけてきた人も多かったが、特に注意すべきと考えていたのはこの方々。

言わずもがな高岡さん。例年夏頃までパフォーマンスが上がっていないように見えたとしても沖縄までには必ず最高のコンディションに仕上げてくる。力、経験とも抜けたアマチュア自転車界の皇帝。年齢など関係なく、過去最強の状態で今年もやってくると考えておいて損することはないだろう。

石井君。ニセコやJBCFの勝利で力を見せており、走りの積極性も素晴らしい。きっとどこかで抜け出そうとするだろう。

佐々木遼君。富士ヒルチャンプでこれまで走ったロードレースでも強さを発揮していた。仙人とよく練習してるようでかなり仕上がってると情報あり要警戒。

マツケン師匠。大腿骨骨折から復帰してきた春先まではほぼ間違いなくアマチュア最強で、こんなおっさんにどうやって勝つねん?と主治医として治療を施してしまったことに後悔を感じるほどだったが、春の不運な事故により調子を落としてしまったのが痛かった。ただし苦しいところで必ず残る精神力は人並外れており、ただでは終わるまい。

寺崎君。彼に関しては注意すべきというか、最後まで残ってしまったら勝てる見込みはほぼない。おきなわの長距離と暑さは苦手なイメージだが、克服してきたとしたら為す術はない。

もちろん他にも注意すべき強力な選手が多く、以前より上位に入ってきそうなレベルの選手の層が増えているのは間違いなかった。一方、何年か前の香港ナショナルチャンプのような参加者はいなさそうなので安心はした。


そして迎えたレース当日、4:00過ぎに寝不足感を感じたまま起きてしまい外を確認するとかなりの雨。

必要と思われる炭水化物をご飯やパンから十分に摂取し、雨雲レーダーを見続けていたがスタート時間ぐらいに止みそうで直前まで待機。


ちょうど出るぐらいにほぼ止んでいたので一旦半袖で出陣するもまた強めに降ってきたので戻ってウィンドブレーカーを着用してスタートへ。


©MakotoAYANO/cyclowired.jp



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SMAPの森さんがスターターとして来られており、いざスタート。


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路面は完全ウェットだが落ち着いた雰囲気ではあるか。先導車の後ろを石井君がピッタリとマークしており、明らかにスタートから逃げそうな雰囲気。私の知る限りでは少なくとも市民210kmではスタートから逃げ切った例は一度もなく、これまでの経験からもスタートからの逃げが成功する可能性はかなり低いと思われるが、そう思って最初の時点から逃してしまい10分近く空いてしまうと逃げ切られる可能性がある選手であるので逃したくはないところ。

リアルスタートが切られると案の定石井君含めて数人が行ったのでマークしておくが、本気で逃げようという感じではなくあわよくばという雰囲気を感じたので、チェックしに行くといった感じで脚を使わないようにしつつマーク。


©MakotoAYANO/cyclowired.jp



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まあ当然石井君と私が行ってしまうのが容認されることはなく追ってくるので決まる訳はないが、おきなわでのスタート地点からの逃げはロマンがあっていいなと思ったりしていた。

この後も石井君は何度か逃げを試み、あれだけ力がありながらもこの大レースでトライしようとする姿勢にリスペクトを感じる。

ある程度走ったところ(本部半島中盤くらいか?)で数人と共に逃げが決まって石井君も行ってしまうが他には力がある選手はおらず、集団も高岡さんがペースコントロールのために積極的に前を牽いて悪くないペースだったので大きく差が開くことはないだろうと考えてこれ以上追うのはやめた。正直なところこれでライバルが1人減る可能性が高くなりシメシメと感じていた。


西海岸に出て高岡さんの呼びかけで1回目のトイレストップを経て淡々と悪くないペースで走る。まだ路面は濡れているものの雨は上がって比較的安心して走れる状態。高岡さんがエアロフォームで積極的に集団を牽いているのでひょっとしてアシストに徹して木村君で勝負にくるつもりなのか??と考えたりしていたが結果的には何のことはなかったな()

石井君との差も1分ぐらいらしくかなりよい状態。

1回目の普久川上ダムに入り、ここは例年通り適度なペースで淡々と。VC VELOCEの方が前に出てきていいペースメイクをしてくれていた。

KOMで補給ボトルを受け取る。今年はいつも補給をして下さる方が来れないとのことで、何と妻の母が手伝ってくれて早朝からここまで来てくれていた。予めボトル渡しも練習していたので完璧だった。本当に感謝しかない。

特に問題なく、石井君も吸収して奥へ向かう下りへ。

誰も出てこないので先頭で走ることが多いが、敢えてブレーキをかける必要もないので軽い負荷で淡々と走る。少し蒸し暑さも出てきたか、といったところで奥の上り手前で2回目のトイレ休憩。実はこれまでトイレ休憩で遅れるリスクを負いたくなくあまりしなかったのだが、今日は安心できる雰囲気だったので2回目も止まって用を足す。

奥の上りも淡々と、といったところだったが頂上が近づくにつれてややペースが上がってきた感があって少し位置を上げていくとどうもまた石井君が上げてるっぽい。特に苦しむことはなくクリアするが石井君と2-3人ぐらい?が抜け出していた。

ここで抜け出しても2回目のフンガワで追いつく可能性が高いのでここもシメシメと感じて放置しておく。


で、この後に高岡さんの例のエアアタック。

あまり本気度は感じず、これまでこのレースでそういうことをする人ではなかったのでやはり今日はアシストになるつもりなのか??とか思っているといつの間にか抜け出している。

この時点では行ってくれたことにシメシメと感じていた。というのは前回2019年時、私もここで小畑さんとRXの方と抜け出した記憶があるのだが当然後ろは追ってきて捕まるので無駄足に終わる可能性が高いからだ。

で、前の方に出てきて様子を見ていたのだが、割とあっという間に差が開いてこれはちょっとマズいな、もうちょっとペース上げて追おう、として前でペースを上げて回していこうとするも追う意志を持って回そうとするのはシュンスケ含めて数人といった感じでうまく回らず差が縮まらない。

結局のところこれで勝負は決まってしまった訳だが、愚かな(ローテが回らないことを予期できなかった)私はこの時???と感じていた。いやいや、石井君と高岡さんという自分以外では絶対に逃してはならない2人が行ってるのに何故追おうとしないのかと。他の有力選手達はどういうつもりなのだろうか、フンガワでどうせ捉えれるから泳がしておこうというつもりなのか?と。

事態を理解するために少し時間がかかったが、どうも前の逃げにメンバーを入れてるチームが2つあり、ペースアップに積極的ではないっぽい。余談だが、プロでもないアマチュアレースでこの「チームメンバーが前に入ってるので」という類のことを少し笑いながらしゃべってくる奴は全く好きになれず、アマチュアの癖に何を小賢しい事を抜かしとんねん、貴様自分が勝つ気はないんかと殴り倒したい衝動に駆られる程である。もちろんそれが正当であり全く非はないことは理解はしていて個人的な感情なので気にしないで欲しい。

で、うまく回らないのでこれは前でペースを上げようと回してもムダなだけやなと感じてここは諦めて淡々と走ることに。幸い、西海岸を南下していると高岡さんらしい数人は目視できる距離には捉えられており、推定1-1.5分といったところか。そこまでは開いてないので2回目のフンガワで捉えれるだろう。こちらには強いクライマーがまだ何人も残っている。

2回目のフンガワに突入すると、予想通り佐々木遼くん、シュンスケや森本さんといった強いクライマーが積極的に牽引してくれていいペースで上っていく。自分もそこに入るけど、ちょっとキツイなと感じて彼らほどいいペースでは牽いていけないイマイチな感覚(他の人がどう感じたかは分からないが)。レース後に振り返りログを見てもそこまでの出力ではなかったので、こう感じていた時点でこの日は調子が良くなかったのかもしれなかった。

このペースでいけば多分捉えれるなと思って走りKOMが近づくと石井君の色鮮やかなTrekが視界に入る。だが何となく高岡さんの姿がない気がする。

KOMで義母から無事ボトルを受け取り、逃げに近づくとやはり高岡さんはいない。


©MakotoAYANO/cyclowired.jp

ん、まさか先に行ってるのか?それか抜いたっけ??とか思っていると石井君にシュンスケが聞いてて、強過ぎてついていけんかったと。

ああやはりと思ったが、我々もいいペースで上ってきたのでせいぜい30-60秒ぐらい先だろうと思っていた。

高江への下りへ。路面はまだ濡れており、ここの下りはこれまでもドライの時でも落車が頻発しているので車間を空け気味にして慎重に下る。

すると少し前を走っていた選手が、何となく転びそうだなと感じるスピードでコーナーに進入していった。やはり滑ってその直後の選手も避けきれず落車。これはヤバいなと思ったが、タイヤが滑り出さないぐらいのブレーキングで減速して何とか滑らずにかわすことができた。マツケンさんもレース後に語っていたがあれを避けれて事故なく帰ってこれたのは本当によかった。転んだ選手が無事であるといいのだが

で、こんなこともあって少々集団のペースは緩んでしまった感があったかもしれない。そしてモトから高岡さんとの差が告げられると何と2分とのこと。

これはかなりマズイなと感じた。ここからのアップダウンは集団の統率がとれていない限り、単独でも力を残して上手く走った方が速い。

「学校坂で上げ過ぎずにみんなで追おう。そっちの方が速い。」的なことを言う声が聞こえる。

そんな訳あるかいと思ってある程度のペースで学校坂を上りそこそこ走れる奴に絞っておくかと先頭で牽いていくも、先程の落車を回避した安堵感から回復していないからか、予想以上にへばっているからなのか、あまりペースを上げれないまま上ってしまう。これがこの日第2のミスで、もっとペースを上げて追走できる精鋭に絞っておくべきだったとレース後思っていたのだが、今こうして振り返ってみると落車を回避できた安堵感が強くてたぶんもう一度やり直せたとしても無理だったろうな。


©MakotoAYANO/cyclowired.jp



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この後は例年、アップダウンを利用した高岡さんらのアタックが頻繁にかかる部分である。ここからは追い付く見込みがあるとすれば上げ下げせずに集団でいいペースで回していった方がよいと思われたので回していこうとするが、案の定というべきか前に出てくるのは数人でありスピードは上がらない。アップダウン区間を終え、モトから差は2分半であると告げられ絶望を感じる。


©MakotoAYANO/cyclowired.jp



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少し前から今日はあまり調子が良くないなとは感じていたが、この精神的なダメージもあってか自分もあまりペースを上げれない。

レース前は今回は今までで一番勝てる可能性が高いと感じていたし、勝つためにここに来たので、この状況に焦りを感じていた。かなり厳しい状況であったが、何が起こるか分からないのがレース。自分ができることはこの先に上げて独走、もしくは数人で走る展開に持ち込んで追いつく可能性に賭けるしかない。


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慶佐次の補給所を過ぎ、満を持して有銘の坂の登り口からダンシングで上げていくが、やはり思ったよりペースが上げれない。でも行けるところまで行こうとペースで走っていると、チェーンが落ちた。


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これはちょうどチェーン落ちして減速したところと思われ、佐々木遼君がこっちをガン見してるね(笑)


ここでか〜とまずは乗ったまま直せるかしばしトライするも入りそうになく、一旦停車して直して再スタート。この時点ではまだ追いつけるかもしれないぐらいだったが、再スタート直後にまたチェーン落ちして万事休す。


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もう一度ストップして直し、綾野さんに押してもらって再々スタートするも集団の姿は見えず。


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そして一旦ストップしたからか、今シーズンよく出ていた腰痛が強くなってしまい出力が上げれない。実は少し前から腰痛が出ててきているのを感じていた。


ここでこのチェーントラブルについて、愚かな私の準備を告白しよう。

実はこのアウターからのチェーン落ちの症状、9月頃からたまに出ており、10月の伊豆CSC5時間エンデューロでも2度チェーン落ちして止まっている(結果にはほぼ影響なかったが)

チェーンよりもアウターチェーンリングの摩耗が推定され、レース前には新品に交換しようとしていたのたが、いざ交換しようとしたらコロナの影響で在庫がない。

ヤフオクには3万円ぐらいの高値で新古品が出ていたが、高くて躊躇っていた。すると何故かチェーン落ちの症状は出なくなりレース前3週間は一度もなかった。レース1週間前にショップで決戦チェーンに交換して変速調整してもらい、チェーンリングの交換も相談していた。やはり摩耗しているので変えれるなら変えた方がよいと。在庫も探してもらったのだがやはりない。もし決戦チェーンで怪しげだったらチェーンリングのグレードを下げてでも交換すべきとの結論に至った。しかしレース週の平日のショートインターバルでは高トルクをかけても怪しげなところはなく、アウターローにして落ちやすい状況にして確認してみても落ちそうな雰囲気がなかったことからこのまま行くことを決断。直前にヤフオクで自分のより状態のよさげな中古チェーンリングが出ていたので購入して沖縄まで送ってもらうも、沖縄での試走でも調子がよかったことから直前に交換してトラブルが出るリスクと迷って結局交換しないまま出場することにしたのだ。

もしチェーン落ちしなかったとしても勝てることはなかっただろうが、集団から抜け出せてたか、少なくとも2位争いの集団ではゴールできていただろう。ここに来るまでにかけてきたコスト、努力、家族たちのサポート、それらをたかが3万をケチって台無しにした私のバカさを笑って欲しい。トラブルが出る可能性をお金で解決できるところはしておくべきだったが自分の貧乏性が出てしまった。大いに反省している。


ここで勝負自体はほぼ決着がついてしまった。メンタル的にはかなりダメージを受けたが、ここまで尽力してくれた家族のことを思い出し、自分の出来るだけの走りをしようと出来る限りのペースで有銘の坂を上る。以前ニセコでメカトラでバイク交換した時も諦めず走ってたら上位に追いついたこともあったし、沖縄でも落車後諦めずに走ってたら2位になったこともあったしなと。

だが今回は腰の痛みが強くて特に下って平坦に入ると全くパワーが出せない。カヌチャの手前ぐらいでマツケンさんの姿を捉え、合流してダメでしたねと一緒に走る。マツケンさんも事故後、かなり辛い思いをしてきただろう。十分に牽くこともできず最後の羽地へ。

ダメ元でダンシングで登り始めると、登りでは思ったほど腰痛は出ず、そこそこの出力で走れる雰囲気。次第に身体も動いて上げれるようになってきたのでマツケンさんには悪いが先に行かせてもらうことに。番越トンネルを過ぎ、新コースをほぼダンシングで上っていく途中で何人かは抜いて頂上へ。頂上付近で1人にちょうど追いつく形となりそのままの勢いで交わそうとするも勾配がなくなると力が出せず、そのまま2人で。

相手はおそらく若い選手、この順位でスプリントするのも大人気ないかなと思ったものの、来年以降もこのコースになる可能性もあり貴重な経験を無駄にできんなと考え直してラストはツキイチからスプリントして先着させてもらった。ごめんね。


©MakotoAYANO/cyclowired.jp


最終的には12位と、有銘のトラブルで遅れた時の想定よりはよかったが、勝つことのみを目指していたこともあり無力感は強かった。


レース後1週間が経った。レース直後には今回は勝つつもりでやってきたつもりでその力もあったけど、色々とうまく噛み合わずにダメだったなと感じていた。しかし時間が経つ中で振り返ると、負けるべくして負けたなと。

故野村監督は「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負け無し」と言ったが、まさにこれ。

確かに今年、絶望的な状態から勝ちを狙えるぐらいのフィジカルに持っていくことはできたけど、直前のレースまでのコンディショニング、レースでの展開を読み、実行する力、バイクの整備、どれも足りなかった。

レースをやり直せたとしたら勝つ世界線もあるだろうが、これらの負ける要素が多々あり、多くは負けるに違いない。勝つためにはこれらの要素を一つ一つ潰して挑まねばならない。

そしてこのツールドおきなわというレースは特に、勝ちたいのであれば自分から勝利を掴みに行かなければ勝てないレースだなと改めて思い知らされた。ここでの勝利者(私が参加し始めてからほぼ1人だが笑)は皆そうして脚を使って勝ってきた筈だ。

今回、(少なくとも2週間前までは)過去最高の状態に持ってこれた感触があり、今までと違って勝負どころで決めれるという自信があった。そのため自分で動いて脚を使ってしまいがちな例年より我慢して、勝負どころで動こうと決めていた。そのため例年なら即反応したであろう高岡さんの抜け出しも見送ってしまったのは確かだ。

しかし「あまり脚を使いたくない」「思ったよりローテが回らない」「こちらにはまだ力のある選手が多い」とか他人に頼った思考になっている時点で既に負けていた。自分から勝利を掴みにいかねばならなかったのだ。そのことを強く意識してトレーニングを積んでいかねば。


ただ今年、本当に絶望的だと感じていたところからまた再び勝利を狙えるぐらいの状態まで持ってくることができたことは本当によかった。正直なところコロナ禍に入ってからのフィジカル的な状態は低下傾向にあり、自分らしい走りは出来なくなっていた。昨年は秋にエベレスティングもやったけど高い強度は結局イマイチのまま終わり、さらに2022年になってからの長い不調は精神的にもかなりキツく、あまり考えたくなかったが想定していた加齢による衰えがこんなに早く来てしまったのか、もうダメなんかなと考えるようになっていた。何となく自分は歳を重ねても息長く力を維持できるタイプだと思い込んでいたのだが。

事故の骨盤骨折の影響も多少は有るかもしれないが、その歳の冬のCXに参戦した時にはフィジカル的にかなり良いと感じていた期間もありおそらく違うと感じていた。自分が考えているのはおそらく、度重なるワクチン接種後の不調と感染(推定)のコンボが重なり全く強度が上げれない期間が長かったのと、その状態で無理して低強度でもいいからと量を積み過ぎたことによるオーバートレーニング症候群だったのだと思う。

一度休養を挟んで9月末ごろから徐々に力が出るようになってきて、強い仲間達と練習で走る中で、数年ぶりにまたこのレベルで走れるなと感じれたことは本当に喜びだった。休養は本当に大事だと認識した。

来年もまたこの状態にもってこれるという保証もないし、どちらかと言えば下り坂に入っているのは間違いないと思っているが、今回まだ練習の工夫次第で何とかなるなと手応えを得れたのは本当によかった。そして何よりこのレースの勝者がまだあの力を保っているという事実が自分に勇気をくれている()

まだ来年も、このライバル達との闘いを楽しめそうだ。

そしてたかがアマチュアのレースにこんなに夢中になってこの時期家族もそっちのけで傾倒しているにも関わらず、無事怪我なく帰ってくれて何より、また来年も応援するからと言ってくれる妻には本当に感謝しかない。

たぶん今後もやるべきことをやらないクソ亭主で妻の怒りを買ってばかりだとは思うが、来年こそ勝利を掴み取りその喜びを家族で分かち合うことを夢見てチャレンジし続けたいと思う。

みなさままた来年もよろしくお願いします。


レース後にずっと行きたいと思ってたキャプテンカンガルーのハンバーガーを。



夜は家族と腹がはち切れんばかりに食べて動けなくなるなど。



翌日は家族でネオパークおきなわへ。

旅の〆はやはりコレで。

大阪に戻ってから子供達といつもの某回転寿司で。