2019年11月30日土曜日

今シーズンを振り返る④おきなわ1週間前〜レース後

からの続き。
まさかの④までいってしまいましたがこれで完結です(^^;)

【ツールドおきなわ1週間前〜前日】
水曜までは家で早朝にローラーを1hほど、30秒インターバルを5〜10本ぐらい入れる。職場までも普段は片道19kmぐらいをチャリ通しているが、前週からほぼ車通勤にして無駄な疲労を溜めないようにした。
毎年だいたいレース週前半は減量&疲労の影響かヘロヘロな状態であったが、今年は減量をしっかりやってないせいか、前述の生野菜を食べるのをやめたせいか不明だが例年より明らかに元気だった。

そういえばこの週、息子もそれまでより大きい新しい自転車に。ここがまた新しい一歩だ。

また、前述のCDJビッグプーリーをインストールした際、いったんそのままのチェーンで様子を見てみたが、やはり短か過ぎてアウターローなどは使えず、また2度ほどチェーン落ちもあったのでいつもお世話になっている長岡京のチクロ・イプシロンにて山脇さんに最終調整してもらった。
私はかつてほぼ自分でメンテしていたこともありマシントラブルが多かったが(笑)、2年前のニセコクラシックでRDのトラブル、バイク交換を経験してから、防ぎうるマシントラブルでレースを台無しにするほど馬鹿なことはないなと改心し、紹介してもらいお願いするようになった。
腕に関しては私が言うまでもなく、名だたる競輪選手や日本代表のメカニックを務めてきた本物のプロフェッショナルであるが、その人柄も私が絶大な信頼を寄せている一つである(自転車屋さんってクセがあり過ぎる人多くないすか(^^;))。
山脇さんにメンテナンスをお願いするようになってからは自分のミス(Di2バッテリートラブルや落車)以外ではもちろん全くトラブルがない。

今回も夜遅くにも関わらず嫌な顔一つせずバッチリ整備していただいて機材に関しては万全の状態でレースに挑むことができた。本当にいつもありがとうございます。

木曜に沖縄入り。初日は本部の海岸線を1.5h程度流す程度に。

うちの家族は沖縄が本当に好きで、妻も私もこの地に来るといつもパワーをもらえる気がする。



夜に安定の名護曲で夕食を食べてから宿に戻り、Naoya Inoueの試合をTVで観て感化される。私がリアルタイムでこれまでに観たボクシングの試合で最も熱い戦いだった。レベルは全く違うが私もあんな熱い戦いがしたいなと。

金曜は午前中にコース試走。羽地ダムに車を停めてコースを逆走し、慶佐次のあたりから終盤の区間を確認し、適宜刺激を入れる。最初は動きが重かったが徐々に動くようになり、上げた有銘の登りでは風向きがよかったのもあるがベストタイムだった。

トレーニング後は速やかなCarb摂取にコカコーラを。
良好な感触を得て70㎞ほど。


お昼は一度行ってみたいと思いつつ、今まで行ったことがなかった八重そばへ。

となりの人間国宝の認定証が気になる。

なるほどおいしい。特にジューシーがジューシーでおいしいと思った。

そして最後の調整へ。沖縄入り前に何げなくFBを見ていた際に目に留まった岡(兄)選手の投稿。Lifeblood鍼灸マッサージ院の谷本さんが沖縄遠征に帯同するので、他の出場する選手の身体のメンテナンスもやりますよと。私は普段マッサージなどに行くことはほとんどなく、だいたいはスーパー銭湯(主に極楽湯)の強力なジェットバス的なやつでほぐすと良好な状態になることが多いのでそれを愛用しているのだが、又とない機会なので是非やってもらいたいと申し込んでお願いした。
先生が滞在している宿へ行き、最初簡単な問診などからスタート、身体のチェックを行ってもらった。適切な施術、リアラインという器具を用いた調整により股関節のつまりが明らかに改善。脚が真っすぐ上げやすい。
そして会話が面白い。私も職業柄Fascia releaseに取り組んでいたりもするが、先生は力士の施術をすることも多いという。ああいった筋量も多いが皮下脂肪も多い選手の徒手的なリリースはどうするのかと聞いてみたところ、「(指が)入るか、入らないかではなく入れるんです」と。すげえ。少なくとも我々がやっているようなHydroreleaseは無理ですな。そんな長い針がねえ。というかエコーも届くのか?

そんな会話をしつつ、最後には鍼もしてもらった。おかげでレースは調子よく走れたと思う。本当にありがとうございました。来年もどうかお願いします(笑)
副交感神経優位で眠気Maxとなった状態でレースのライバル到着。翌日の健闘を誓って後へ。

私ほとんど寝かけてますがな…。

仕上げに伸び放題になっていた髪を切るべく、名護の美容院を検索して行ってみる。

普段1000円カットみたいな床屋で切ってる私、こんなおしゃれなお店行った事ねえ…。
そして前日のNaoya Inoueの試合の興奮冷めやらぬ私は、その強さにあやかろうと血迷い、「井上尚弥風でお願いします。」とスマホで画像をみせて店員さんにボクシング好きなんすかと苦笑される。しかし素晴らしい腕でいい仕上がりとなり満足(素材はアレだが)。

ちなみにこれがInoue違いな人物です。

ところで今回、妻も市民レディース50㎞に出場するのでちょこちょこローラーでトレーニングをしていたのだが、今回はバイクも持ってきていた(昨年も出たが、バイクは運ぶのが大変なのでレンタルしてもらった)。
しかしこっちへ来て組み立ててみると、サドルクランプの上部の金具にひびが入って割れる寸前。しかしどうしようもないのでとりあえずホームセンターで補修用品を購入して昔培った(?)技法を用いてTension band wiring×2で可及的に固定した。

後日談として、本番のレース前半はよかったのだが後半に落車に突っ込んだ際の衝撃で破断したらしく、ぐらぐらのまま完走したらしい。補強してなかったらサドルがもげてオールスタンディングになっていたか…。

レース前日は朝に前日同様、羽地ダムに車を停めて軽く刺激を入れる程度に30㎞ちょい。
会場で受付を済ませ、とどさんに補給のボトルをお願いし、丹後のみなさんと話してから宿へ。実はこの前日から息子殿が発熱、嘔吐で完全にDownしており、気にかけてくれた妻と義母が私だけ隔離すべく会場にごく近い宿を押さえてくたのでそちらへ移動。本当にありがたいことだ。おかげでレースには万全の体調で迎えることができた。ゼッケン貼り、穂給食など準備して就寝、当日を迎えた。

そう言えば貼りやすいな、小さくなったかな?と思ってて、帰宅して大きさを比べてみたらやはり昨年に比べて小さくなってました。大会関係者の方、対応いただきありがとうございました。

レースの内容は先に書いたレースレポートを見ていただけましたら幸いです。
ツール・ド・おきなわ2019 市民210km 3位 

【レース後】
何度もくどくて申し訳ないが、昨年は翌日から仕事だったので回収バスから戻ってすぐにバイクを梱包し、妻子をおいて自分だけ早々に帰らねばならなかった。今年は翌日も休みがとれたのでANAに預けるバイクの梱包をする以外はゆっくりとできた。

表彰式後、とりあえずおでんやノンアルで乾杯。


琉球テレビのインタビューを受けて。沖縄では放映されたのだろうか?

宿へ戻り、妻は少し泳ぎ海へ。

この時期に海へ泳ぎに繰り出すなんて、妻がどれだけ沖縄の海が好きかお分かりいただけると思います。

夜は名護曲でたらふく食べたのち、安定のBlueSealへ。

息子もレースには来れなかったが、夜にはある程度復活。それにしても、妻の母には今年も本当に助けてもらい感謝しかない。


今回は暴食はほどほどに抑えることができ(…たはず)、翌日朝に本部の海岸線沿いを軽く10㎞ほどジョギング。


息子希望のパイナップルパークへ行ってから帰路へとついた。

パイナップルパークだが、一番楽しかったのは恐竜、とのこと。

【レース後雑感】
本当に、いろいろな方にサポートしてもらって今年もここでレースができるんだと強く感じた大会だった。レースに向けた心持ちもよかったかもしれない。去年の状態からここまで来れて、今年はまず事故なく完走するのが一番で、その上でいいレースができたらいいと思って挑んだ。「レースが近づいてきても例年よりピリピリしてなくてリラックスしてるようでいいね」と妻に言われたが、結果云々よりもそっちの方が重要なのかもしれない。
負けて悔しさは当然あるが、多くの方に観てて楽しかったと言ってもらえたし、自身も積極的なレースができたことに関してはよかったと思っており、充実感はある。
以前ボート競技をやっていた時に一緒にやっていた仲間が、「後になってレース結果を見ても、その時どんな強い相手と戦ったかなんて残らずに結果だけが残るから、ライバルは手薄であるほうがいい」ということを言っていて、確かにな、とその時は思ったこともあるが、今はそうは思わない。強いライバルたちと死力を尽くしたいいレースをすれば、それは一緒に戦ったライバルたちの記憶に残るし、特に今回のようにLiveで中継してくれていれば、観てくれていた人の心に順位以上に残ると思う。
いろいろ考えがあると思うし、勝利のみに徹するのももちろんあり、というかそれが正解なのかもしれない。しかし自分は今後も、勝利はもちろん目指しつつも、応援してくれる人が楽しかったと言ってくれるような積極的なレースを続けたいと思うし、その方が自分の中でも満足感が得られるように思う。趣味でやっているんだし、いかに自分が充実感を得て、それを日常にFeedbackして充実した生活を送れるか、ということが一番大事なんじゃないのかな、と思ったりしている。とにかく色々と自分にとってImpressiveないい大会でした。
来シーズンに向けてすでに色々と動き出していますが、レース活動に関してはこのツールドおきなわ市民210㎞を一番の目標に据え、再び熱いレースをすべく準備して沖縄の地へ立ちたいと思っています。

後日、家族に祝ってもらいました。ありがとう。

2019年11月23日土曜日

今シーズンを振り返る③富士チャレ後〜山中湖サイクリングクラシックまで

からの続き

【富士チャレ後〜山中湖サイクリングクラシック】
富士チャレ後、このままの勢いでそろそろ上げていくぞ!…と思うところではあったが、何故かあまり沖縄へ向けたモチベーションが上がらず、身体を絞っていこうという気が起こらない。食欲のコントロールができずどうしても夜に食べ過ぎてしまう。体調も倦怠感が強い日が多く、平日の早朝練は低強度でしかできないことが多かった。
そんな状態が続いたある日、9月下旬に惨事が発生。夜の暴食を契機に負の連鎖を巻き起こして丸3日、全く練習せず家でほぼグダグダ寝ながらフルグラなどを食い散らかすということをやらかしてしまう。

これ含め3袋が1日で空いてしまうという…

これによって一時的だが体重は5kg増加して67kgを超え、通勤チャリでチンタラ走る(150w以下)だけで大腿の筋肉は悲鳴をあげ激しい筋肉痛になるという事態。

正直、今年は終わったと思った。せっかく精神状態もよくなって、いい状態でシーズン後半を迎えたのに何故かいろいろ自制できなかったなと。
しかも悪い流れは続くのか、Tarmacの9150RDと4iiiiPMの故障まで相次ぎ結構萎えた。
しかし2日程度でそれなりに回復してローラーでも1h280wできるぐらいにはなり、ダメでもいいからやれるだけのことはやって挑戦を楽しもうと思い直すように。間欠的ファスティングを入れる(24hぐらい絶食)ことで身体の状態は一度リセットされた感あり、食欲もコントロールできるように。

この辺りで、正確なきっかけは忘れたが、倦怠感が強いのは生野菜ばかり食べて消化不良になってるからなんちゃうかと思い始める。マイケル・ウッズ選手がレース前は消化器系の負担を減らすために「5歳児の食事」と呼んでいる低残渣なものを食べているという記事を読んだのを思い出したことがきっかけだったような気がする。
炭水化物摂取による血糖値、インスリンレベルの上昇を抑えること及び、空腹を抑制するために大量のキャベツを食っていた。しかしそれが原因で消化に多大な労力を使う一方、必要な栄養素を吸収できなくなってるんちゃうかと。オ◯ラもめっちゃ臭かったしな…。
で、試しに少量の茹で野菜(主にブロッコリー)以外、ほとんど野菜を食べるのをやめてみたところ、体調がすこぶる良くなった…。たまたま調子が良くなったのと重なっただけかもしれないが、自転車競技のために減量するようになった数年前から感じていた、妙な倦怠感が今もって消失しているので原因となっていた可能性は高いと思っている。

RDはアルテを譲ってもらい、すぐに交換して練習再開できた。正直、デュラとの違いは全くわからない。これにはしばらくして、富士チャレの優勝賞品でもらったCDJビッグプーリーをインストール。確かに手で回した時は軽いが、乗っても違いは全くわからん。まああっても数Wの違い、分かる訳ないか。しかし体感できない数Wを積み重ね、もし10Wセーブできることになったとしたら、それはとんでもない差なのでそういった所謂"marginal gain"を積み重ねることが重要だと思っている。

とにかく10月中旬になってようやく調子は上昇傾向となった。

高野山に再度行った時はまだまだで後半ヘバっていたが、よく考えれば長いヒルクライムで山の神に最後までついていけたんで悪くはなかったか。

レース3週間前には、台湾KOMやおきなわを控えた猛者達が集い、オバマ往復ライドが開催された。田中仙人は相変わらずホビーレーサーとしては異次元のパフォーマンスを発揮してヒルクライムでは敵うべくもなかったが、それでも最後までやり合えて私もよく走れたので自信を得た。

このコースは上りあり、平坦あり、折り返してから終盤の花折峠までアップダウンありとかなりいいコースだと思う。仙人も昇天?

とは言いつつも当初の描いてたプランからはかなり始動が遅れてしまい、もうレースまで残された時間がないのは変わりない。
以後は無駄な疲労を溜めないように距離を稼いだりするのはせず、短めのインターバルやヒルリピートなどに注力した。
平日のローラーは30秒on/offを何度か行ったが、今までレストの時は適当に流していたのを50%vo2max以上に維持するようにした。レストの時も心拍が高止まりして、トレーニング効果のある領域に出来るだけ長時間滞在できるように意図したのだが、これは今まで疎かにしていたが重要なことだったのかもしれない。
当然今までよりキツイが、本数を重ねてかなりキツくてやめたくなる時こそ、トレーニング効果の高い時なんだと明確に意識できたのもよかったと思っている。何となく効果があった気がしていてvo2max領域が上昇した気がした。

レース2週間には最後のロング練として、単独でるり渓やNTJ周回などを含む180kmを走って悪くないパフォーマンスでこなせた。糸井さんと短い上りインターバルで追い込めたのもよかったな。

例年はレース1週間ぐらい前まで200km以上乗っていたが、本番直前まで疲労が抜けずヘロヘロになっていることが多かったので、前述のように開始が遅れて思うようなボリューム自体は積めてなかったものの、強度は重視しつつ、量は減らしてやり過ぎないようにした。私見だが、おきなわへ向けて気合いか入りすぎてるのかピーキングに失敗している方が私含め多い気がする。レースの翌週ぐらいに調子が上がってくること、多くないですか?(笑)

そう、私自身もレース翌週に調子がいいなと感じることが多い。今回は1週間前に行われる第1回山中湖サイクリングクラシックにエントリーし、このレースに向けて調整を進めることで、いい刺激が入りつつ疲労も抜けて翌週に好調となることを狙った。
やや遠方である点と、苦手な高地である点が懸念事項ではあったが、天気も良さそうだったので予定通り出走することとして前日に山中湖入り。
しかしコース試走してみて、ああこりゃダメだと悟る。勝負所の登り3分ぐらいで、350wぐらいが全く維持できない。元々、私は人より高地耐性がないようで、標高が上がり低酸素になるにつれ低下していくパフォーマンスの下げ幅が大きいらしい。
一番初めに気付いたのは、確か2015年に乗鞍に出場するために高山でプチ合宿した時だったかな。この時はJBCFの乗鞍スカイラインヒルクライムもE1で出場したのだが、減量もうまくいって調整も悪くなかった筈なのに、まるでレースで走れず確か30位ぐらいでかなり凹んだ。その後低地へ降りてきて試しに上げてみたら普通に出力も出て悪くなかった。
その後もヒルクライム含め何度か高地を走って、自分は人より高地でパフォーマンスが低下しやすいことが徐々に分かってきた。これが私がヒルクライムレースでは基本勝負できないと諦めた一因でもある。
で、今回の山中湖は標高1000mぐらい。そんな標高で?と思われるかもしれないが、実は今年の全日本選手権で山中湖畔に泊まって前日トレーニングした際もあまり出力が出せず、おや?と思っていたし、他の土地でも1000m近くなるとダメなんちゃうかと感じていた。なので薄々予感があった訳だが…。3分は全く維持できなかったが、何故か30秒on/offインターバル5本入れたときはむしろかかりが良かった。短いインターバルでは無酸素の割合が高くなるからなんだろうか?不思議だなと思いつつ、ひょっとしたら走れるんじゃないかという一縷の望みを抱いて翌日へ。

美しい富士山と三日月。余談だが、宿は3500円の割に悪くなかったのでまたここに来た際は利用したい。夜はラグビーWC見ながらカーボローディングし過ぎた感あり。

朝はゆっくりして、10:00スタート。レース開始して、1周はローリング。リアルスタート後の1周目の上りが案の定マジきつい。こりゃダメなんだろうなと思いつつ、ここで千切れたらレース1週間前にわざわざ遠方まで来た意味がないと、何とか耐えて下りで先頭集団へ合流。次の周の上り手前で何人かプロが抜け出してるのをみて、すかさずブリッジ。
しかし上りに入るとやはり全く維持できず、早々に千切れた。あとはサイカさんらと淡々と回して、終盤はできるだけ頑張って追い込みつつ何とか完走。
結果は案の定ダメであったが、当初の目的のレース強度で刺激を入れるという目標は達成したのでよしとした。

後日、これに関して面白い話を聞いた。昨年度、私がおきなわ前にAACAで勝ってしまい結果マークされることになった(?)ので、今回はわざわざ本気で山中湖へ三味線を弾きに行ったのではないかという。
いや、さすがにそこまではしません、ある程度コンディションを調整して全力でレースした結果があれです(笑)

高地でのパフォーマンスは低いが、そこでトレーニングすると若干の高地トレーニング的な効果があるのか、以前もその後に調子がよくなったことがあった気がしていたのでそういったことも期待しつついよいよ本番1週間前に。

2019年11月20日水曜日

今シーズンを振り返る②ニセコ後〜富士チャレまで


【ニセコ後〜富士チャレンジ200】
一旦前半戦終了となったが、もともと春先には状態が酷かったことから、全日本やニセコというよりは秋の沖縄に向けて、というつもりでやっていたのでオフは設けずにこのままトレーニングし続けることとした。
トレーニングの課題として、前年はスタンディングに開眼した一方、多用するようになってしまいシッティングでパワーが出せなくなっていたので、もう一度座ったままパワーを出すことを目標としていた。

2018全日本選手権。スタンディングを多用できるようになり、身体への疲労を分散させることができるようになってきた。

一時は回してパワーを出すことを意図してハイケイデンスの練習をしたりもしたが、ニセコ前に北海道入りしてからトルクをかけていく感覚を忘れていたことに気付き、佐野選手のように低ケイデンスでゴリゴリと踏むようにしたらパワーが出るようになり良好な感触を得た。北海道入り後にペダルのスタンス幅を広くするとトルクがかけやすいことに気付き、ペダルに+2mmワッシャーを噛ませてセッティングを変更したのもよかった。

北海道入り後、小雨の降る支笏湖畔にて。レース前にも関わらずトルクをかけて低ケイデンスで踏みまくった。

このセッティングが良好だったので、ニセコ後に大きな変更に踏み切った。
ロードバイクに乗り始めた2003年から一貫して使い続けてきたタイムペダル(Impact→RX→Expresso)から、+4mmアクスルがあるシマノペダルに変更してみた。Time特有のフローティング機構がなくなることで膝を故障することが心配だったが、全く違和感はなく、現在に至るまで膝の痛みは出ていない。+2mmのワッシャーを噛ませて+6mmで使用しているが、stance widthを広げたことが後に別の効果を引き出すことにもなる。

トルクがかけれるようになり、数年前のパワーを維持できるようになった感触があってしばらく好調な日々が続いていた。体重も全日本前に60〜61kg程度まで絞れていたが、節制を保って62kg前後をキープ。

このまま継続したトレーニングを続けて、おきなわ本番ではパワーを向上させつつ、58kg前後まで持っていこう、と目論んでいたがそんなに全て上手くいくわけではない。
7月中旬に入って暑さが増してきてから徐々に失速傾向であったが、一時的に調子を取り戻した7月末のクソ暑い日に単独ビワイチ(琵琶湖一周)を敢行。このコースは車の流れがあってスピードが出やすいが、ちょっと道を間違いつつも183kmをave40km/h overで走り切った。

しかし脱水でヘロヘロになりながらも頑張ったのが影響したか、この後8月に入ってさらに不調傾向に。たぶん軽度熱中症になったと思われる。

途中コンビニで氷を丸ごと購入し、背中に入れたりボトルに入れて掛水に使うとかなり効果はあったが、全体としてダメージがデカすぎたのか…。


8月のお盆あたりに田中仙人らと高野山にアルティメットライドに行ったり大正池を走った時もあまりパワーが出せなくなっていた。

そういえば、家族旅行で沖縄に行ったりもしたんだった。しかしこの際ちょっとしたトラブルがあり再び熱中症っぽい感じに。


そんな中、8月中旬に元ブリッツェンの辻さんが開催していたスプリント練習に参加。スプリントはまるで才能がないんだろうなと感じることになったが、この時辻さんからエアロフォームや、それのためのポジションについて教えてもらったのがとてもよかった。
その後の単独練習でポジションを弄ったりしてエアロを求めていったら明らかにそれまでより低い出力でスピードが出せるようになった。重要なのは、今までもエアロポジション自体は取ることができたものの、パワーは低下するしすぐに疲れてしまって持続できなかったのが、今回の変更ではあまりパワーの低下なく、ストレスも感じずに維持できるようになったことだ。
最初は単独練で所々エアロポジションを持続させていただけだったのが、100km以上ずっと維持できるようになり、さらには小浜往復の225kmでほとんど下ハンドルをもったエアロポジションを維持できるようになった。調子自体はよくないので平均出力は低かったが明らかに以前より速い。感覚的に、平均時速35km/h程度で20w近くセーブできている感。
これはレースでも使えるんちゃうかと9月に入って富士チャレに参戦。

当日3時ぐらい起床で当日入りし、睡眠不足でかなりダルい感じだったので最初は大人しく様子を見ておこうと思っていた。が、開始早々、下りや平坦では自分が1人で走った方が速いんちゃうかという雰囲気だったので割と早々に3人ぐらいで逃げる展開に。中盤からは1人で逃げる形になったが、案の定差は開き続けて結局終盤で集団をラップすることとなった。これによってこのエアロフォームは使えるぞと確信した。

家族で遠征し、息子と表彰台に上がれたのはいい思い出になった。


ちなみにこの後さらに、記事で触れられてるパーツ類含めて結構変更することとなる。サドル、ステム、ハンドル、バーテープ、ブラケットカバー、クランク、RD(プーリーケージ含む)、クイックリリース…めちゃくちゃ変えたやないか(^^;)

今シーズンを振り返る③へ続く

2019年11月18日月曜日

今シーズンを振り返る①昨年度おきなわ〜ニセコクラシックまで

シーズンオフに入りぼちぼちとランニング活動に勤しんでおりますが、今シーズンを振り返ってみようと思います。
とりあえず昨年からニセコ終了までの前半を。

【昨年度おきなわ〜4月】
昨年のおきなわで高岡さん、森本さんらを巻き込んだ落車を起こしてしまい、自身もRDがもげて走行不能となりDNF。又吉コーヒー店前で、色々なものを犠牲にし、家族にも負担をかけてコレかよと自身の行いを懺悔しながら最後の回収車を待ち、バスに揺られて会場へ。翌日から仕事だったので急いで梱包して家族を残して帰ったあの虚無感たるや…。

帰宅して確認したらシートステーにもヒビが入っていた。

今思い返すと、昨年はおきなわ以前から既に、仕事のストレスなどでメンタル的にかなり逝っており、これがこのおきなわ落車DNFで一気に崩壊したようであった。おそらく病に片脚ぐらいは突っ込んでいたと思われる。
好きなはずのトレーニングのやる気も起こらず、暴食を繰り返してさらに朝起きれずトレーニングもできないという悪循環。体重は確か70kgも超えた。
この頃の写真を見返していたらちょうど自分の状態を記しておこうと撮っておいた風呂上り写真を見つけてしまったがあまりにも醜いので自粛して代わりに元気な兄妹の様子でも貼っておこう。

この酷い状態から脱したいとは思うものの、それを何とかしようとするやる気も起こらず、もう今年は全日本はおろか、沖縄も厳しいかと思っていた。

自分はアレでしたが家族はみんな元気だったのでそれでよしです。冬場に息子は地元のラグビースクールに行き始めました。

【4月〜ニセコクラシック 】
4月に入る時点で、仕事関連で大きな転換を決断。迷惑はかけてしまったが、これによってそれまで感じていたストレスが激減し、精神状態は一気に改善した。
この時相談に乗っていただいた先生方には本当に感謝しています。ありがとうございました。

ともかくこれによって4月から急激にまともなトレーニングができるようになった。

全日本選手権はかなり厳しいと思われたが、乗り込むことで当初60台だったCTLは急激に上昇、5月のGW頃にはまだまだ弱かったが200km以上のロングライドもあまりバテずに走れるように。

GWにヒルクライマー達によるアルティメットライドに誘ってもらって参加したが、左端に妙にデカい人が一名…。

5月末の美山ロードレースでもそれなりに走れたので全日本も出走することとした。

美山ではまだTarmacは復活しておらず、Look595て走った。


家族旅行で行った城崎マリンワールドにて。この頃から兼松さん命名によるマグロが定着してきたような…。

関西のサイクリスト仲間と北摂周回練などの練習を経てコンディションは上昇。最終的にCTLは130〜140前後まて上昇したんだったような。

姫路の超人、糸川さんが強過ぎて毎回いい練習させてもらった。


AACAでの1戦を挟んで全日本選手権へ。自身の調子は悪くなかったと思うが、雨の富士SWに手こずり、テクニックに劣る自分には厳しい展開でDNFとなった。



めちゃくちゃキツくて、家族が応援にきてくれていなかったらもっと早く降ろされていただろう…。

全日本の翌日から仕事も兼ねて北海道に移動。



サイクリングがてらたくさん牧場巡りに。悲劇の名馬、サイレンススズカのお墓を訪問。とても美しい場所に眠っていた。

優駿SSのマヤノトップガンを訪問。確か27歳だったと思うが自分が中学生だった時のアイドルが元気な姿を見せてくれて感動したのだが、先日訃報が…。しかし大往生と言っていいのだろうか。御冥福をお祈りします。

北海道の大自然に癒され、調子もよくてレース週なのに走りすぎた感はあったが、ニセコ当日もコンディションよくて終盤までしっかりと走れ3位、カテゴリ優勝できた。







今気づいたがそういえばここでもマツケンさんの後塵を拝し3位だったか…(^^;)

それでも、冬〜春先の状態を考えればよくここまで持ってこれた。いい流れでシーズン後半へと入った。