前編からの続き
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©Makoto.AYANO/cyclowired.jp
決してノリが悪いわけじゃないです(^^;)
小雨が降る中、ライバル達も集結。ウインドブレーカーを脱いで妻に受け取ってもらい、いざスタート。走り始めたらやはりやや肌寒いがしばらく走っていれば問題なくなった。
何名か逃げた人もいるようだが、有力選手は入っておらず容易に容認され本部半島を淡々と進む。本部の宿泊地前で子供達と義母が沿道で応援してくれているのに応える。自分の中でリラックスできているのを感じた。
しばらく走って感じたことは、このコンディションでみんな事故なく無事に帰りたいと思っているようで安全マージンを多くとるような雰囲気があり、無茶なことをする選手が少なく例年よりむしろ落ち着いていたような気がした。
逃げグループの人数も少なくタイム差もあまり開いていないようだった(違ってたらすみません)。
ところで今回、事前にマークすべきと考えていた選手について。
もちろん筆頭は高岡さん。もう加齢で衰えてくるのを待つしかない(ほど隙がなく強い)と何年も前から思っていたのだが、一向に衰える気配がないどころか何故か更に強くなっている気がする。直前の200kmTTでもあり得ない平均速度で走り切っていた。
雨で寒いのが云々とか全く考えてなかった。沖縄の高岡さんは必ずベストコンディションで来ると考えて何の損もないことはこれまでの経験から分かっていた。
そして中里選手が不気味である。ヨーロッパでのプロ生活も長く経験しており、もしちゃんと練習していたとしたら私などとは全く異なるレベルの選手である(高岡さんもそうなんだが)。かつての武井さんなどのように、この素人のおっさん達の戦いに割り込まんといて欲しい類のレベチな選手だ。ただし今回のレースに向けてどのぐらいの気持ちで練習を積んできているのかはこの時点では自分に全く情報がなかった。
あとはもちろん我らがマツケン師匠。今シーズンも調子云々とか言いながら何だかんだで調子を合わせてきており、最後は結局残ってくるに違いない。精神力というか根性が並外れているといつも感じていた。
他にもクボタ君やマナベ君など新鋭の強豪クライマーも脅威ではあるが、ロードレースでどのぐらい走れるのかは不明であり、経験上はいきなりロードに出て好結果を残した選手は知らなかったのでおそらく前述の選手達の戦いになる可能性が高いだろうと考えていた。
結果的には半分は間違っていた。
西海岸に出てからは風も強く、雨も一向に弱まる気配がなく少し寒さを感じるようになっていた。ゴローさんから右の車列の風下に入れとアドバイスを頂きしばらくいい位置で走れた。
高岡さんは頻繁に前に出ているので多分寒いんだろうなと思っていた。
自分も少し身体を暖めるためにマランゴーニが前にブリッジしたタイミングで自分もブリッジして動いたりしておいた。ちなみにマランゴーニもちゃんと練習していたら脅威であったが、Stravaのログを見る限りはサイクリング程度しかしていなさそうだったのでおそらく問題ないだろうと思っていた。
時折動いていれば、出力低下し始めるほど身体は冷えなさそうだと感じていた。
あっという間に1回目の普久川ダムの登りへ。
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EMUの2人がいいペースで登っていく。
EMUの2人がいいペースで登っていく。
とりあえず先頭付近で様子を見ることに。マナベ君とクボタ君のEMUコンビがいいペースで先頭を走る時間が長く、1本目としては速そうなタイムで押していくがついていけないほどではない。そこそこ集団削られるんちゃうかな?と思ったけれど、このコンディションで下りがゆっくりになるので奥方面に入った頃にはまだかなりの人数が残ってそうだった。
奥で2度目のトイレタイム。マツケンさんはかなり寒くて震えが止まらんと言ってた。確かに寒かったが自分は震えを感じるほどではなかった。脂肪を身体に残しといたお陰なのだろうか?
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何人かが逃げたらしいが全くこの時点では知らず、有力選手には特に大きな動きはなかった。
奥の登りを経て西海岸に出た時に一度クボタ君と飛び出すタイミングがあった。
追い風だし、非常に強いのを知ってるので、ダメ元で行ってみるかと少し踏んで2人で回したもののあっという間に追ってきて捕まった。
まあそりゃそうだ。
後は集団の中で淡々と走って2回目の普久川ダムの上りへ。入る前に集団内での位置を下げてしてまっておりミスったと思ったが、2019年の時の誰かのようなことをする奴はいなかったので助かった。
すぐに先頭付近へ位置を上げることができ、ペースアップに対応できるようにする。
乗鞍2位のきょうしろうが上げていき、少し差が空いてここまま行ってしまいかねんと思ったのでそこへブリッジ。このまま上げ続けられたらキツいなと思っていたがその後緩めてくれたので助かった。後は確かまたEMUコンビがいいペースで牽いてくれる時間が長かった気がするが、特にハードな局面はなくむしろ1本目より楽に頂上まで。
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ダム補給場をスルー。
ダム補給場をスルー。
いつもならここで補給ボトルをもらっているが、予想通り半分ぐらいに減ってるだけなので全体ではちょうどいいぐらいだろう。妻に補給にいてもらわなくてよかった。こんな雨の中長時間いるのはしんどいし、2回目通過してからも交通規制が解除されるのが12時過ぎでゴール直後にも会えなかっただろうしな。
ここからの安波への下りは最も慎重にならなくてはならない。集団前方で下りに入り、前走者とはやや車間をあけて安全マージンは多めにとる。
前後の荷重バランスを意識、コーナーはバイクは起こし気味にして滑るリスクは最小限になるようにクリアする。出来るだけ滑りにくい赤い路面を走るようにしたが、無理なライン変更は最小限にして無事に安波の学校坂手前まで。
ここからが自分の勝負である。
昨年はログを見返してもここをゆっくり走ってしまったことが失敗のひとつであり、消極的なレース運びをしたことが最大の後悔であった。今年はもちろん状況に応じてではあるが、行けそうならここで自分から積極的に攻めに転じようと考えていた。
今年のこのレースに対する目標は(雨で朝には無事帰ることが第一になったけど)、勝敗云々よりも自分らしく積極的に走り、LIVEで観戦してくれている人を楽しませれるようなレースをしようと決めていた(結局ここの部分は中継されてなかったっぽいけど笑)。
まだリスクはないとは言えないけど、ここからしばらくはアップダウンがあるだけで危険なコーナーなどはしばらくない。行ける状態なら攻めるのみだ。
登り手前から前方に移動していき、最初から先頭で上げていく。金曜に試走しており大体のペース感も把握している。雑なダンシングはリアが滑るので立ち上がった際はトラクションコントロールを意識し、シッティング多めで踏んでいく。少し空気圧を下げたおかげか滑る気配はほとんどなかった。
中盤で後ろを振り返ると数名はまだついてきていたが後はかなりバラけているのが確認できた。
そして必ずいると思っていた高岡さんがいない気がする。気のせいかもしれないが行くしかない。
ややペースを上げて踏んでいくと頂上付近ではほとんど後ろはいなくなっていた(気がする)。
記憶が曖昧であるが、ちょうど学校坂頂上付近で逃げてたらしき集団に合流。しかもけっこう強そうなメンツである。正直この逃げグループがいることを全く知らなかったのだが、こりゃちょうどいいやと私を前待ちしてくれた仲間達と後ろを引き離すしかない。
回していこうとするが回らず(そりゃそうだ)、後ろ何名かは合流したようである。しかし高岡さんやマツケンさんはいなさそうで、どうやら学校坂での攻撃は想像以上の戦果を挙げたらしいが、ここで攻撃の手を緩めてはいけない。幸い、今日は身体がよく動いて脚もあるようだ。
周りはあまり気にせず積極的に先頭に立ち、ペースを保とうとすると後ろが千切れて差が空いたようである。とりあえず行くしかない。
すると後はお見合いになったらしくみるみる差が開いていく。
これはきた、とシーズンを通して取り組んできたエアロフォームで独走を開始。
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肘を折り畳みブラケットをリラックスして握り頭を下げて高めのケイデンスで、スムーズに回していくことを意識。
ただまだ下りやコーナーは要注意だ。引き続き滑らないように慎重に。コーナーではバイクは立て気味にしつつエアロフォームは意識して下っていく。「身体は熱く、心は冷静に」を心がけた。ちなみに薄々感じていたが、レース後に独走している映像を見返したらイマイチなエアロフォームだった(笑)
©Makoto.AYANO/cyclowired.jp
う〜ん、イマイチ(笑)
う〜ん、イマイチ(笑)
AACAの時の写真ではけっこう良くてだいぶ煮詰まって来たなと喜んでいたが、雨天のためチキってしまいどうしても身体が起き気味になってしまっていたようだ。まあ安全を優先させたので仕方ないが。
ざっきーさん@Photo_The_KeyのXより拝借
AACA第8戦の終盤のエアロフォーム
昨年も高岡さんが独走したように、今回も自分を逃してはいけないのはわかっていても後続は上手く回らずにペースは上がらないはずだ。
そしてこの雨であり、さらに高岡さんは集団にはたぶんいない。
自分には十分脚が残っているという手応えもあり、これなら今のお前ならいけるはずだ。
正直もらったと思った。ゴールで待っててくれる妻、子供達の顔が浮かんで涙が出そうになった。いや待て、まだ早い。まだ残り1時間以上はある。
今に集中しろと言い聞かせ、平坦や登りではダンシングを交えつつスムーズに回し、下りは脚を休め気味にして安全に下った。比較的余裕を持って走ってはいるが悪くはないスピードだと思っていた。後続とのタイム差を一度モトバイクに聞いてみようと思っていたが、もう少し後でもいいかと思って自分の走りに集中していた。
もうすぐ慶佐次の登りに差し掛かかろうとしていた。ここから続く登りでどのぐらい落とさずに高い出力で維持できるかが重要
やなと考えていたところ、自分の後ろに何人かついてきた気配があった。
他カテゴリーか?まあ別にええけど、と思って見てみると同じ紫色のゼッケンである。
ん?周回遅れなんてないよな。他カテゴリーでも紫ゼッケンのことなんてあるのか?まだ逃げてたグループあったっけ?でも自分に先導車がずっとついてたよな…
とか混乱してたら、すぐに見知った森本さんや他の強豪達の姿を確認。
どうやら追いつかれたようだ。まじかよ、あの走りをしてて追いつかれたのか?どうやって?
高岡さんは去年一体どうやって逃げ切ったんや…。
一瞬これは終わったかもしれんと思ったが、まだ勝負は全く終わってはいないと思い直した。幸い自分はまだ脚は残っていそうだ。
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いったん集団内で落ち着かせる。
とりあえず慶佐次の登りは集団の中で淡々と走り様子をみてみる。やはり自分はまだ脚はありそうだが、そんなに上げてなくても何人かは遅れているようである。みんな苦しいようだ。
ここは様子をみて集団の中で次の有銘の登りに備える。
cyclowiredや他の選手のレースレポートを見ると、ここで西谷君と岩島さんが抜け出したらしいのだが、実は全く覚えていない。レース中は認識したのかもしれないが、自分のすべきことに集中していたのかもしれない。
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有銘の三段坂に入りじわっと上げていく。安波の学校坂のようにもう少しガツンといきたいところであったが、流石にそこまでの脚はなさそうである。しかしこの程度でもこれまで自分を追走してきた集団には厳しいようで人数は減っているようであり、自分も勾配がキツくなったところでプッシュしていくと3人になった(と思う)。
残ったメンツは真鍋君、中里さん、私。
勝負はついに3人に絞られた。
真鍋君は普久川ダムの登りでも強かったし、というか富士ヒルチャンプなので単体のヒルクライムならば私が敵うべくもない選手なのは知っているが、正直ロードレースでここまで残ってくるとは思っていなかった。そしてまだ動きも良さそうでかなり脅威だ。
中里さんはこの時点でほぼつきいちになり全く前に出てこない。これが戦略的なものか、単に脚がなくなっているのか分からなかったが、絶対に最後まで連れていってはいけない。真鍋君には何となくだが私の雑魚スプリントでも勝てるような気がするが(失礼)、中里さんにはいくら脚が消耗していても勝てる気がしない(一緒に走ったことないけど)。
この3人、実質私と真鍋君で回しながら淡々と進む。カヌチャリゾート前の2回の登りで少し様子見で上げてみると、真鍋君はまだ余裕がありそうな雰囲気だったが中里さんは苦しそうである。
脚がなくなっていることを期待したいと思った。
カヌチャ前で今回は無念のDNSとなった練習仲間の糸井さんからの声援を受け力をもらう。
ツールドおきなわ公式LIVE YouTubeより。
ここからの下りは2019年に工事区間がありそこに突っ込みかけた経験もあったので慎重に下る。
後は羽地までは平坦のみ。中里さんは全く前に出てこずつきいちに徹しており流石元プロだなと思っていた。この勝負に徹した割り切り方は自分のような素人にはできない。もし脚がなくなっていたり、スプリント勝負だとわかっていてもある程度回さないと悪いなと思って先頭に出てしまう。たぶん真鍋君も同じだろう。一度スピードを緩めて前に出てもらい様子をみると、やはり動きは重そうな印象を受ける。次の羽地で勝負を決めるしかない。
ややペースが落ちてたようで、後ろから1人合流してきた。バルバのジャージだ。最初、うわ、寺崎君かと思ったがすぐに井上和郎さんと分かった。
流石過ぎる。説明不要で自転車界で井上と言ったらもちろんマグロではなく和郎さんである。
中里さんと同じく、まともに練習していたらやや年齢は重ねたとはいえ私など足元にも及ばない実力の持ち主だ。
ただ、この前に千切れており、この合流時点でも相当キツそうだったのでこの先に羽地の登りがあるから大丈夫だろうと思っていた。
いよいよ羽地の登りへ。
入りから真鍋君がじわっと上げていってくれたのでそれについていき様子をみてみる。よく脚が回っており、強い。自分もキツい。真鍋君にここからさらにペースアップする脚があったとしたら厳しいかもしれないが、番越トンネルまでの中腹まででややペースは落ちた感があったのでこれなら行けるかもしれないと感じた。登り始めて早々に和郎さんは脱落したようであり、中里さんもキツそうでトンネル手前あたりから遅れ始めた。
これは攻めるしかないと自分もバイクから立ち上がり前に出てペースアップした。差は開いていき、最大の懸念は消え去った。
番越トンネルを超えた。
このままいってスプリントという選択肢も少し考えたが、そうじゃないだろう。攻撃すべきだ。
再びバイクから立ち上がり、ラインを変えてペースを上げた。
ツールドおきなわ公式LIVE YouTubeより。
少し差が開いた。
今、この時だ。勝つなら攻めるしかない。
「勝つのは俺だ」と自分に言い聞かせるように叫んだ。よく覚えていないが何回か叫んだ気がする。今思えば、疲労は感じず所謂ZONEに入りかけたような感覚があった。いや知らんけど。
プッシュし続けた。何度か後ろを振り返り、差がじわじわと広がっていくのを確認。
2つトンネルを越え、頂上を通過する時点では見えなくなった。
また雨は強くなっており、集中し続けていた。平坦や緩い下りはリラックスして脚を回すことを意識。下りコーナーはスピードを緩めて慎重に下った。
勝てるのか?またゴールで待っているだろう家族の顔が思い浮かんだが、すぐに目の前に集中しろと言い聞かせた。「身体は熱く心は冷静に」と言い聞かせ、何度か冷静にと声に出していた気がする。
緑の橋の手前にある、この下りで最もRのキツいコーナーを慎重に下り、この後は再びスピードに乗せる。
下りきり、最後の直線へと向かう東江4丁目の交差点を慎重に回った。
残り1.3km。エアロフォームを意識し、頭を下げて脚を回し続けた。何度か後ろを確認したが来てはいない。
フラムルージュを通過。
もう少しだと脚を緩めず回し続けた。
あと500、400…
ゴールゲートが近づき、後ろを確認。誰も来ていない。
勝利を確信したら涙が溢れてきた。
どうやら勝つらしい。
これまで何度も優勝のゴールシーンをイメージしていたが、それを超えたよくわからない感動が押し寄せてきて涙や謎な嗚咽が止まらない。
自然とガッツポーズが出てゴールラインを超えた。
勝ったようである。
少し走って、すぐに家族の姿を探した。
妻が子供達を連れてこちらへ走ってきて、また涙が止まらなくなり、妻と抱き合った。
子供は「何で勝ったのに泣いてるの?」と言っていた気がする。
続々とゴールし最後まで戦った真鍋君、中里さんらと握手を交わした。
僕を一番最初に自転車へと誘った、ボート部の先輩の中尾さんが100kmレースでゴールして駆け寄ってきてくれたらまた涙が止まらなくなった。
その後も森本さん、そして苦楽を共にしてきたマツケンさんも喜んでくれて涙が止まらなかった。
未だ勝ったことが信じられなかったが、自分がレースで勝ってこんなに感動するとは思わなかった。苦しい時も何も言わずサポートを続けてくれたサンボルトの橋本社長とも抱き合えた。他のレースを共に戦い祝福してくれた仲間達も本当にありがとう。
たかが趣味のアマチュアの自転車レースで勝っただけで涙するなど馬鹿げているかもしれない。今日の朝思ったようにたかが自転車レースだ。されど、自分にとっては何年もほぼ全てをかけて打ち込んできたものだ。それだけ自分にとっての大きな夢だったものが叶ったのだ。
念願の子供達と表彰台の高いところへ。
長女と次男と。
これまで何年もスポーツを続けてきたが、自分が本当に勝ちたいと思った大きなレースで勝ったことはなかった。
小学生の頃、足は速かったが、スポーツは得意とは言えず、野球やサッカーで活躍できるような友達は憧れだった。中学高校は、一番得意だと思っていた水泳を続けたが、本当に平凡な選手で県大会すら予選で敗退して本戦に出場できないような選手だった。弱いのは惨めで、強くなりたいと思った。
大学に入ったら当時まだ強かったアメフト部に入って鍛えるんやと思っていたが入学したら同じように強いと言われてこっちの方が向いてそうやなと感じてボート部に入った。
同じように強いというのは言い過ぎであったと入部後に判明したが、それでもこの競技に熱中し、先述の中尾先輩達と共にまさに青春の全てをかけてボートに打ち込み、全国レベルでも戦えるようになった。インカレや全日本で本当に勝ちたいとやってきて卒業後や大学再入学後も合わせて8年続けたが、結局インカレと全日本では4位が最高だった。それでもボートを通して、このタイプのマイナー持久系競技なら努力次第で上のレベルで戦えるようになる才能があると自信を得れた。
再入学した大学で3回生の時に以前からやってみたいと思っていたトライアスロンに転向した。クラブチームに入れてもらいジュニアのトップ選手達とトレーニングさせてもらい日本選手権でも上位に入れるようになった。大学世界選手権も日本代表で出れたが、1番勝ちたかったインカレでは2位が最高で結局勝ちきれなかった。
2013年、国家試験前に最後にと出たツールドおきなわ140kmで勝つことができ、沖縄という土地も含めたこのレースに魅了されまた働き始めても出たいなと思った。
翌2014年、自転車だけはトレーニングを継続し、初めて市民210kmに出場した。それまで憧れでしかなかったイナーメのグリーンのジャージに身を包んだ高岡さん、森本さんと終盤まで4〜5人の小集団に残り、本当に興奮した。
確か慶佐次か有銘で千切れて5位だった気がするが、本当に楽しくてこのレースに更にハマり、いつかこの市民210kmで勝ちたいと思うようになった。
翌年3位、次は落車もあったが2位と成績を伸ばし、次こそはと思った2017年。自信もあったがスプリントになり6位。結局はまだ勝ち切る実力がなかった。
2018年は全日本で8位と信じ難い結果を残すことができ前半は調子は良かったが、沖縄では落車して高岡さんも巻き込んでしまい、辞めようかと思うぐらいかなり凹んだ。
2019年はいい走りはできたがやはり高岡さんが強くてスプリントで負けマツケンさんに続く3位。
そしてコロナ禍へ。レースが尽く中止となる中、練習中に下りコーナーで落車。高速で吹っ飛ぶ最中にヤバいこれは死ぬかもと思ったがガードレールに激突し地面に打ち付けられて何とか生きていてホッとした。しかし動こうとした瞬間右股関節がゴリっとなり激痛で動けなかった。頚部骨折か、競技生活終わったかもな、しかし子供の頃から考えたら想像以上に色々競技で活躍できるようになって悪くない競技生活やったなと思った。
結局骨盤骨折で、信頼できる先輩医師の元に転院させてもらい、保存的治療(手術なし)としたお陰で順調に回復することができた。
しばらく真っ直ぐは歩けなかったが自転車にはそこまで影響はなかったと感じていた(おそらく影響はあったんだろう)。
しかしワクチン接種の影響なのか、この頃から体調不良を繰り返すようになり、心身のコンディションを保つのが困難になっていた。
一方、加齢で衰えてくるのを待つしかないかと思われた高岡さんは一向に衰える気配のないどころかさらに精強になっているような気がした。さらにコロナ禍でZwiftが流行ったのもあり、若くて強いアマチュア選手が多く出てきた。
自分はフィジカル的にも下降線を辿っており、もうおきなわで勝つのは厳しいかもな、今年までにして後は日々の健康目的にサイクリングを楽しむ生活にしようかなと何度も思った。
しかし同じように落車事故で大腿骨骨折し、そこから不屈の精神で這いあがろうとするマツケンさんに勇気をもらった。マツケンさんがやれるのに、それよりも若い自分が諦めるわけにはいかないと。
コロナ禍が明けつつあった昨年2022年もほぼ1年不調に苦しんでいたが、秋頃涼しくなってきた頃から調子が上向いてくるのを感じここ数年感じたことのなかったと力強さが戻りつつあったのを感じていた。結果は前編に記載した通りで直前とレース自体が残念な内容だったが、もう無理かと思われた状態からまた再びトップを争えるところまで戻ってこれたのには手応えを感じていたし、これならば来年もと期待させるものだった。
そして今年は記載した通り。他にも強い選手はたくさんいたが、全てが結果的にいい方向にうまくはまっての結果なんだろう。運も味方につけた感があった。これを何回も繰り返してきた高岡さんは流石としか言いようがない。
振り返れば数週間前に今回同様雨のレースで落車したことも結果論でしかないが今回安全に無事走り切れた結果に繋がった気がする。絞り切れなかったと悩んだのも結果的には、おきなわで前例のないぐらい低気温で雨となった過酷なコンディションで大きなアドバンテージとなったに違いない。私からみてカリカリに絞れていた選手は皆、この寒さにやられて本来の力を失っていたように思われた。
決して寒いのが得意という訳じゃないが(寧ろ苦手だと思っていたが)、今回はいつもと異なる環境で運が味方した面も多々あった気がしている。
来年、コンディションをまた持って来れるかわからないが、願わくばいつもと同じスタンダードな暑いおきなわでライバル達と闘ってみたい。
一度でいいから勝ちたいと思っていたが前年勝った者にしか連覇にはチャレンジできない。今回不本意な結果となった高岡さんやマツケンさん、また若くてまだ伸び代の大きい真鍋君、中里さん(来年の優勝候補筆頭だろう)も脅威である。
まだ王者というには程遠い。来年も挑戦者として積極的な走りをし、あわよくば連覇にチャレンジしてみたいと思う。
レースが終わり1週間が経とうとしている。まだ余韻が残っているが、終わった直後も今も感じているのはX(Twitter)にも書いたが終わったらもうただのダメなおっさんであるということだ。
自分で言うのも恐縮だが、私のことをよく知らない人が私の肩書きや戦歴のみを見たら「おいおい、コイツ一体どんなスペックの奴やねん」と思われるかもしれないが、実際にはかなりダメな人間である。何度遅刻せんとこうとしても毎回遅れる。やらねばならないことを後回しにする。コミュ障。これだけ好き放題練習させてもらって妻に迷惑をかけて負担をかけているにも関わらずロクに子供の面倒も見れない。他にも色々とダメ過ぎてここに書くのも躊躇われるほどだ。
当たり前であるのだが、ただのアマチュアの自転車レースで勝っただけで何も偉くなったわけでもなく、ここにいるのはタダのダメなおっさんであるということを意識して謙虚に生きていかねばならない。
こんな自分をずっと応援してくれて、支え続けてくれる妻には本当に感謝している。今年も、特におきなわが近づいてきたら思う存分練習したかろうと何も言わず、休日は子供達を朝から遊びに連れていってくれた。妻も今年から仕事を再開し、本当はもっと休みたいだろうにである。
この結果は半分以上は妻のお陰と言っても差し支えない。多くの家庭ならば秒で離縁されるであろう。本当にありがとう。
子供達もダメ親父が自転車だけは真剣に頑張っていることだけは分かってくれているようで、事あるごとに応援してくれるのが力になっている。ありがとう。
今年も帯同してくれて、妻が私のサポートしてくれた間に子供の面倒を見てくれたりしてもらった義母、年中応援してくれ支えてくれているMagellan Systems Japan代表の義父。名古屋から何も言わず応援してくれていた両親にも本当に感謝です。
そしてこんな自分の活動を応援してくれる今の職場の院長を始めとしたみなさん。2019年から縁あって勤めさせてもらってから、どれだけ毎日が気持ちよく職場に行けるようになっただろうか。
いつもお世話になっている京都・長岡京のチクロイプシロンの山脇店長。今回のTarmac SL8も組み上げてもらい、直前にも最終メンテをしてもらだだお陰で全くトラブルなく走り切ることができました。
いつも練習に付き合ってくれるフジタさん、糸井さんら北摂の練習仲間達。
最後になりましたがダメな自分を支えてくれる皆さまに本当に感謝です。たぶん今後もご迷惑をかけると思いますがどうかよろしくお願いいたします。
昨日家族に祝ってもらいました。