2023年11月17日金曜日

ツール・ド・おきなわ2023 市民200km(前編)

昨年のツールドおきなわ以来、ご無沙汰しておりました。日々の練習日記はほぼ完全にStravaに記載するようになっておりこの育児日記は完全に放置しておりましたが、今年もこのレースのレポートだけはこちらに記載しておきます。書き始めてたら長くなってしまいそうなので前後編(または前中後?)と分けてお届けさせていただきます。冗長になるかもしれませんがご了承ください。

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今年もこのレースを最大の目標として過ごしてきた。
まず昨年を振り返ると、割と直前までコンディションを順調に上げることができ優勝を狙うレベルに高めれたと感じていたが、レース10日ぐらい前に子供からの感染症に罹患したらしく一気に調子が悪化し完全に戻り切らないまま当日を迎えた。また長距離を走るとやや腰痛が出やすいという不安もあった。
レース自体は中盤の奥の上り後あたりで高岡さんの独走を許してしまい、そのうち集団で追えば大丈夫だろうと容認してしまったことが失敗だった。結局自分は後半の勝負所でチェーントラブルで脱落し、さらに止まったことで腰痛が悪化して追走する力もなくなり、12位という結果に終わった。

©Makoto.AYANO/cyclowired.jp

コンディション不良やトラブルなどもあったが、消極的なレース運びをしてしまったことで自分の中で煮え切らない不完全燃焼感が残り、次は必ず自分らしく積極的なレースをしようと誓った。
しかしオフシーズンに入ると体調不良を繰り返すようになり、それによる過食、メンタル的な不調など負の連鎖から抜け出せなくなりコンディションは長い間劣悪な状態であった。
春は10年ぶりにトライアスロンに挑戦すると決めたことで徐々に身体的なコンディション、モチベーションも回復してレースでも優勝することもできた。

万博トライアスロンにて。妻も一緒に出場(年代別1位!)

伊勢志摩里海トライアスロン。謎のスペインナショナルチーム招待選手に敗れる(笑)

以前から出場してみたかったひわさうみがめトライアスロンにて。

しばらく調子は上向きだったものの7月のひわさうみがめトライアスロン後にコロナに罹患したことで再びコンディションは大きく低下。症状から回復した後もしばらく心肺能力は大きく低下したままで一から軽めのベースライドからやり直す状態となった。

初めて陽性になったのを見たが、こんな一瞬で出るとは思ってなかった。

この時8月初旬。この時点ではもう1レース、10月にトライアスロンのミドルディスタンスのレースに出場予定であったものの、それより頭にあったのはツールドおきなわの存在である。
もうこんな状態で厳しいかな。年々徐々に低下する身体的能力。勝利を狙うのはもう諦めようかなどと考えたりもした。
しかしこの10年毎年ここにかけてきて、このまま勝てないまま諦めるのか?
答えは割とすぐに出た。Noだ。まだ諦めるのは早い。やれることはまだたくさんあるはずだ。
予定していた10月のトライアスロンはキャンセルし、完全にツールドおきなわ1本に絞ってトレーニングを再開した。

夏休みに家族旅行で清里に行った際に3日連続で涼しい環境の高地を走り、調子が上向いてくるきっかけとなった。

トレーニングを見直し、地味なベースライドを継続した。トライアスロンを再開したお陰で見直せたエアロフォームの探求も続けた。それを維持するために再開したコアトレーニングは腰痛も改善して力強い体幹を取り戻す、いやさらに強化するのにも役だった。
推定FTPは大きく低下し、最初は暑さもあり峠での20分走は全く出力もタイムも出なかったがそれでもレベルを低く設定し、毎週続けて行った。見かけ上の数値は低いが、暑熱負荷によりトレーニング効果はあるはずだと信じた。
コロナのダメージと暑さもあり、なかなか回復してこなかったが、秋になり走りやすい気候に変わってきた頃から予想通り急激にコンディションが上向いてきた感があった。体重も少しずつだがレースコンディションに近づきつつあり、これなら何とか戦えるのではないかという手応えを感じつつあった。

いつも練習してもらったフジタさん、マツケンさんと。まじで感謝。

また機材に関しては別記事にて記載しようと思っている(面倒くさくなったらやめたらすみません)が、機材を言い訳にできない状態にすべく、というより単純にこのバイクに乗ってみたいと強く思い新型Tarmac SL8に乗り換えた。マグロステッカーチューンが施され勝手に「Project black Maguro LTD」と名付けた新しい相棒は想像以上に驚くほど乗りやすく、最初のライドでこれは今まで乗った中で最高のバイクであると確信した。

©Makoto.AYANO/cyclowired.jp

上り調子の中で、調整レースとして、また新しい相棒のデビュー戦として10月初旬にあった伊豆CSCでのエンデューロレースに昨年に続き出場。序盤早々に抜け出して独走となり淡々と走っていたところ、降り始めた雨でslippyな路面に変わった秀峰亭からの下りコーナーで落車。詳細は省くがしばらく走り続けていたものの今後のことを考え(真実は妻に諭され)結局リタイアした。

伊豆CSCにて。

幸い身体のダメージは擦過傷がメインで軽度であったが、シェイクダウンしたばかりの新車が傷付いてしまい一体伊豆まで何をしに行ったんやとちょっと凹んだ。いや、けっこう凹んだ。しかしこういう時は好きな諺である「人間万事塞翁が馬」と考えることにしていた。これを期にコーナリングでの荷重、バイクの倒し具合を見直すことになったのだが、まさか本当に「塞翁が馬」となるとは…。
ここでDNFとなり乗れなかった分をと翌週末から距離を乗り込み始めたところ、何か自分の中のスイッチが押されて代謝が切り替わったような感覚がありさらに調子は上向きとなった。昨年はやや低下していた感のあった長距離全体での持久力が大きく改善され、その中でも高い出力を出せるようになりつつあった。地道に続けていた峠での20分走の値は7年ぐらい前のPBとほぼ同じぐらいまでになっており手応えを感じた。

ソロ舞鶴ライドにて。




糸井さんと小浜ライドへ行った際に。

調整レースとして、3週間前にAACAを、10日ほど前にスズカエンデューロ(アタック240)を走った。
結果としてはどちらも2位ではあったが、大して調整もしない中でしっかり力は出せて内容は悪くなく、本番に向けては手応えを感じた。

AACA、きょーしろーより。

スズカエンデューロ アタック240にて。負けたけど賞金7万ゲットして一安心(笑)

唯一、体重だけはトライアスロンでかつての上半身のマッスルメモリーを呼び起こしてしまったのかなかなか絞りきれず、直前までこれまでのレースウェイト+3kgに留まってしまい懸念事項であった。ただ、直前の峠のタイムトライアルでこれまでのPBを大幅に更新するなどよく走れていた。よく考えればおきなわのコースはパンチャー向きでそこまで減量は必要ないのかもしれないなと思うようになり、このまま直前に無理に絞らないようにして挑むことにした。結果的に絞り過ぎなかったことも偶然、当日の過酷なコンディションで大きなアドバンテージとなったと思われる。
例年この直前の時期、減量で日常生活すら倦怠感が強くヘロヘロになっていたが、それがなく身体が元気なのは大きなメリットだった。ただ、何故か深夜覚醒の状態が続いてしまい睡眠の状態が悪いのは懸念であった。私が「先生」と呼んでいるGarminのスマートウォッチの身体コンディションの数値はずっと低値であったが、身体の調子自体は昨年などよりも遥かによく、近年でも最高と感じれる状態でレース週を迎えることができた。

レース週は木曜におきなわ入り。私の師匠でもライバルでもあるマツケンさん(松木選手)が激推ししていて私が「アレ」と呼んでいた岩盤浴にてリラックスをした。

初日は沖縄南部をサイクリングし発見。

那覇で行ったアレ。

これはもちろん阪神のアレにかけたものである。アレでアレするんやという想いがあった。
レース2日前の金曜はやや身体は重かったが、コース試走でも想像以上にいい出力とタイムが出てたのでこれならば、という気持ちであった。またこの時、沖縄の濡れた路面ではダンシングでトラクションのかけ方を雑にするとリアがスリップすることを確認。基本シッティングにしつつダンシングの際はトラクションコントロールを意識して登ることにした。またタイヤ空気圧は最初4.0barにしていたが雨の場合、少し下げることにした。


金曜からカーボローディングを開始し、糖質をかなり摂取した。自分にとってエビデンスレベルAのフルグラ(なぜか糖質オフのやつ)は今年はやや控えめにし、定番の沖縄そばに加えパンや現地で見つけたデーツ、ハチミツをたっぷり入れたホットミルクなどをメインにローディングし身体が満たされていくのを感じた。まあローディングとか言えばかっこいいが要は食い過ぎてるだけであるが。
前日十分乗ってやや疲れもあり、土曜は雨の降る前の早朝に1時間程度軽く乗るのみとした。昼に出張で来られていたLifebloodの谷本先生にスポーツコンディショニングの施術を行ってもらった。2019年もお世話になり当日非常に調子が良かった経験があったのだ。結果これが非常に良くてこの夜は久々にぐっすりと眠ることができ当日の身体の動きも非常に良かった。

谷本先生と。

さて、おきなわ入りしてからの懸念事項のもう一つは天気であり、毎日何度も数種類の天気予報アプリを確認していた。

久々に引っ張り出してきたVelotozeに不具合がないことを確認。

前日はレインウェア(主にシューズカバー)を着用して確認も行っていたが、夜の段階でレース当日の天気はほぼ雨。しかも予報によってはかなり降りそうな時間帯もありそう。
雨のつもりで準備し就寝した。


久々にぐっすり眠れ身体の状態は良さそうだったが、当日はやはり雨。そして日中も気温が低そう。
当初の予定では普久川ダム頂上の補給ポイントで2回ほど、妻にボトル渡しをお願いする予定だったのだが、この低気温と雨では経験上最初のボトルだけで足りそうである。
予定を変更し、ダムでの補給はなしとし、妻には最後までスタート地点でウェアの受け渡しなどをしてもらい帯同してもらった。本当に感謝である。これも結果的によかった。雨の準備としてはVelotozeシューズカバー、ワセリン(プロペト)の全身塗布、キャップ、アイウェアは明るいレンズ(oakley prizm low light)にといったところである。アームカバーはつけずに半袖、グローブのみだった。
持っていったボトル、補給食は、
ボトル 950ml×2(ほぼ全量摂取)
①BCAA(EXTEND)+グランフォンドウォーター
②MAURTEN DRINK MIX 320 CAF100
補給食
井村屋 スポーツ羊羹 40g×6(うち4つ摂取)
MAURTEN GEL100 CAF100×1
だった。

ところでこれだけ準備してきて勝利を狙える状態(と思われる)にまで全てを注いで高めてきたにも関わらず、この天候でもう今日は怪我なく生きて帰れればそれだけでOKという気持ちになっており妻にもそれを伝えていた。安全に無茶せず走って、ラストに結果がついていればそれでいいや、たかが自転車レースだ、もっと大事なことがあると感じていた。しかしこれで結果的に変に気負わずリラックスして走れてよい結果となった気もしている。

タイヤ空気圧をF3.8 R3.85にセッティング(パナのデジタルゲージ)。
スタート15分前、妻とスタート地点へ向かった。

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